魔法少女⑥
瞬間。僅かに、異形の身は震える。
まるで光を知らぬ獣がその身を震わせるように。どこか、寂しげに。
如月夕日と並び立つ、存在。
光を体現したかのような白銀。それに包まれ、しかしその顔は柔らかな少女。
名を。
「白河 優里」
響く、少女の名。
呼応し、異形の中から抜け現れる小さな光の球体。
その光は場を俯瞰するように宙に留まり、声を響かせ続ける。
「なぜ、君はそこに立っている?」
「どうして。如月 夕日の側に立っている?」
無機質な問いかけ。
「君は光。闇を浄化すべき、魔法少女。それなのに、なぜ。そこに立っている」
その問いかけに、白河は答えた。
一点に小さきモノを見据え、一切の揺らぎも躊躇いもなく堂々と。
「声が聞こえたから」
「たすけて。っていう声」
「それが、わたしのココに」
自らの胸。
そこに手のひらを当てる、白河。
そして、白河は見る。
小さきモノから視線を外し、異形と化した魔法少女のなれの果てを。その瞳に白銀を宿しながら。
白河の眼差し。
純白の、慈しみに満ちた視線。
それを受け、異形は唸りをあげる。
「まほう。しょうじょ」
「あこがれ。あこがれ」
「ひかり。ヒかり。ひ、かり」
大気を震わせる、三つの低く悲しげな声。
「うん、うん。なりたかったんだよね」
「光を守る魔法少女に。みんなが憧れるそんな存在に。貴女たちはなりかった」
一歩。
白河は前に踏み出す。
同時に、夕日に声をかける。
「夕日ちゃん。ここはわたしに任せてもらえる?」
夕日を仰ぎ見、微笑む白河。
それに夕日は、応える。
言葉を発さず、闇を自らの足元に収めるという形をとって。
「ありがと、夕日ちゃん」
夕日の意思。
それを受け取り、前に向き直る白河。
呼応し、異形は吠えた。
「なりだい」
「なりだがった」
「なりだいよッ」
涙はもはや流れない。
代わりに流れるのは、黒き雫。
そして。
白河優里の光をあてられ、異形の内に蠢くのはーー
もう、なれない。
もう、魔法少女に、なれない。
もう、もう。なれ、ない。
という、絶望。
そして、異形は白河に"手のひら"だったモノをかざす。
六つの目に宿る桃色の灯火。揺れる、双翼。
かつて魔法少女だった三つのモノたちは、白河優里に対する思いを世界と【共有】せんとする。
【共有】
【抗えぬ絶望を】
魔法少女になれぬ思い。
それが世界と共有される。
刹那。
周囲に広がる世界を構成するモノたちが、白河優里に牙を剥く。
地は軋み、空は歪む。
光すらも彼女を照らさない。
それは攻撃ではない。
共感だった。
なれなかった。
憧れになりたかったのに、届かなかった。
その感情が、世界そのものに流れ込み、世界はそれを「正しい絶望」として受け入れてしまう。
白河の足元が崩れる。
地が絶望に呼応し、まるで彼女を拒むようにひび割れ大きな口を開かんとする。
空が暗く染まり、彼女へと稲妻を落とさんとする。
風が刃となり、彼女を切り刻まんとする。
だが、白河優里は止まらない。
純白の光。
それに包まれ、異形との距離を詰めていく。
全ての事象。それがまるで、白河への攻撃を拒否しているかのように。
そんな白河の内。
そこに声が響く。
「優里」
「魔法少女の力。それを闇の為に使えば」
「光は君をどう評するかわからない」
だが、白河は動じない。
「闇の為じゃないよ」
「お友達の為に。わたしはこの力を使う」
声音に宿る意思。
異形のモノと、如月 夕日。
白河は、その二つを【お友達】と表す。
「だから大目に見て」
「大目に見てって……みんなが、みんな。ぼくみたいに寛大じゃない。優里を敵だと見做す同胞も出てくるかも知らないよ」
「でも、あなたは許してくれるのでしょ?」
いつもの調子の白河。
それに、白河の内の小さきモノは答えない。
だが、明らかに拒否ではない間を白河は自らの内から感じ取る。
「ありがと」
二度目のお礼。
それを呟き、白河は異形の前に立つ。
異形は腕だったモノを振り上げ、その爪をもって白河を切り裂かんとする。
絶望に彩られた意思をもって。
だが、それを。
白河優里は、受け止めた。
避けない。
弾かない。
拒絶しない。
振り下ろされる爪。
それは、絶望そのもの。
魔法少女になれなかった三つの願いが凝縮された、世界の否定。
白河は、ただ見つめる。
「だいじょうぶ」
その瞬間。
白河の周囲に、名もなき現象が発生する。
光でも、闇でもない。
魔法ですらない、神秘。
それは術式を伴わない。
詠唱も、媒介も、契約もない。
白河優里という存在が、「そうであってほしい」と願った事象が、世界に“そうだ”と認めさせられる力。
爪は、白河に触れた瞬間、形を失った。
砕けたのではない。
消えたのでもない。
「切る」という意味をその爪から奪われた。
傷つけようとしていたソレは、ただの“触れようとした手”へと還元される。
異形が震える。
白河は、微笑む。
世界は未だ、彼女を拒んでいる。
地は軋み、空は唸り、風は刃を孕む。
だが、白河優里に触れた現象だけが等しく無力化されていく。
それは防御ではない。
反撃でもない。
白河優里の神秘は、大きくは「意味を書き換える」力。
絶望は、攻撃ではなくなる。
拒絶は、拒絶であることを忘れる。
憎しみは、向ける先を見失う。
後ずさる、異形。
「ね」
白河は異形だった存在に語りかける。
「苦しかったんだよね」
一歩。また一歩。
「なれなかったの、悔しかったよね」
六つの目が揺れる。
桃色の灯火が、乱れる。
「でもね」
異形の胸。かつて、魔法少女だった場所に、白河は手を伸ばす。
「“なれなかった”ってことと」
「“間違ってた”ってことは同じじゃないよ」
触れた瞬間。
【共有】されていた絶望が、逆流する。
否定ではない。
浄化でもない。
受容。
三つの声が、重なり、ほどける。
「こ、わ、かった」
「ずっと、こわかった」
「ひかりに、なれないじぶんが」
白河は、頷く。
「うん」
「それ怖いよ」
「すごく怖い」
白河の神秘が、さらに深く発現する。
世界が気づく。
この少女は、“光の味方”ではない。
光すらも、彼女に従っている。
白河優里の神秘。
その本質は――
『善への変換』。
存在することを、感じてしまったことを、願ってしまったことを。「善」へと変換する力。
白河の光は、眩くならない。
ただ、温かい。
異形の輪郭が、少しずつ揺らぎ始める。
怪物ではなく。敵でもなく。
“叶わなかった夢を抱いたままの誰か”へと。
「魔法少女になれなかったとしても」
「あなたたちが魔法少女になりたかったって事実は」
「消えないよ」
白河は微笑む。
「それを、わたしが覚えてる」
その言葉。
それに、異形をそのカタチを失っていく。
善への変換。
異形は世界に仇なす存在ではなく、世界に受け入れられる存在へと変換されていく。
そして異形は、三つの儚い思いと共に世界に同化したのであった。




