魔法少女⑤
吹き抜けた、闇の刃。
それに三人の魔法少女は飲み込まれる。
悲鳴をあげる間も、瞬きをする間もなく。まるでそれが必然だと言わんばかりに。
束縛の闇に囚われた三人にはできなかった。
共有の神秘による回避行動。それをとることができなかった。
びちゃッ
夕日の頬と、瑠璃の頬。
そこに散る三人の鮮血。
上と下に分断された、三人。
虚な瞳を晒し、その場に転がるモノ。
曰くソレは、睦月。皐月。弥生。だったモノ。
しかし今は、物を言わぬただの肉塊。
血溜まりに転がる、六つの上半身と下半身。
それを見つめ、子犬は吠えた。
まるで目の前に玩具を見るかのように。その瞳に好奇の色を宿しながら。
駆け出そうとする、子犬。
だがそれを、夕日は声をもって制する。
「だめ」
夕日の無機質な声。
子犬は従う。夕日の言葉は絶対。そんな面持ちで。
そしてそれは、瑠璃も同じだった。
目の前の獲物へ向けられた、侵食。
それを瑠璃は抑え込んだ。夕日の意思。それに従うように。
そこに、声が響く。
「まだ。戦えるよね」
「まだ。戦える」
「わたしたちは、まだ」
三つの声。
三つの感情の灯らない声。
「わたしたちは、三人で」
「ひとつ」
「むつき、さつき、やよい。でひとつ」
染み渡る声の反響。
その声の主。それは、本来声すらも発せられないはずのモノ。曰く、闇の斬撃にその身を分断されたーー睦月、皐月、弥生という名の【死者】だった。
〜〜〜
「わたしは」
「わたしたちは」
「三人でひとつ」
「「だから、魔法少女になるのも三人いっしょ」」
三つ子の少女。
児童養護施設で幼少期を過ごしたその三人は、そう小さきモノに言った。
学校帰り。いつも立ち寄っていた神社の鳥居の前で。
夕日にその身を照らし、純粋な笑みをその顔に浮かべながら。
小さきモノは言った。
【共有】の神秘。
「君たち三人はずっといっしょ。これまでも…そして、これからも。ずっと、ずっと」
響いたその声は、とても優しく。
とても、とても。無機質だった。
〜〜〜
「たたかえる」
「まだ、たたかえる」
「るり。る、り」
掠れ、途切れ途切れの声。
分断された上と下。血溜まりの中で、三つは声をこぼし続ける。
その光景の中、夕日は思い出す。
大和 撫子。
【粉砕】の神秘。それをもって、死を与えたはずの存在。それが再び自分の前に立った時のことを。
吹き抜ける、血の臭いが混じった風。
それに髪を揺らし、夕日は呟く。
「魔法少女は」
譫言のように声をこぼし続ける、三つ。
その異様さを見つめ、夕日の言葉の続きは紡がれる。
確信に満ちた結論。自らもまたそうであったこと。それを思い返しながら。
「シなない」
響く、夕日の短き言葉。
その言葉に、三人の瞳に桃色が瞬く。
刹那。
「なら、それを共有すればいい」
三人の内。
そこに無機質な小さきモノの声が響く。
「死なない死」
「それを共有すれば、君たちは」
「ほんとうの魔法少女になれる」
「ほんとうのーー三人でひとつ。死さえ凌駕した、共有の魔法少女に」
〜〜〜
「わたしたちはどんなときもいっしょ」
「死ぬときも、ずっと」
「ずっと、ずっと」
手を取り合い、抱きしめあった、あの日。
〜〜〜
三人はそれを思い出す。
そして、呼応するように【共有】の神秘はその形を変える。
【死なない死】の共有。
それはカタチをとり、三人の身を桃色に包んでいく。
本来なら、三人を守るはずの【共有】の神秘。
だが今は、三人の意思に呼応する神秘のカタチを被ったなにか。
睦月、皐月、弥生。
彼女たちは力を、痛みを、感情を――そして生を共有する魔法少女。
一人が傷つけば、三人が血を流す。
一人が恐怖を抱けば、三人の心臓が同じ速さで脈打つ。
それでも彼女たちは笑っていた。
「三人なら、大丈夫」
その言葉を三人は疑ったことは一度もなかった。
だが、共有はカタチを変え続ける。
神秘は彼女たちを守るのではなく、つくりえることを選んだ。
共有の歪んだ神秘が暴走する。
分断ではない。混線だ。
睦月の絶叫が、皐月の喉からも溢れ。
弥生の視界に映った死の予感が、三人の網膜を焼いた。
「さんにんで、いっしょ」
誰の声だったのか、もう分からない。
三人の魔力が、境界を失う。
個という概念が剥がれ落ち、魂が溶け合い始める。
骨が鳴った。
それは一本分の音ではない。
三人分の散らばった骨格が、相談もなく再編されていく音だった。
睦月の腕が、異様な長さで引き延ばされる。
皐月の背中から伸びるの漆黒の双翼。
弥生の胸の奥で、三つ分の心臓が同期し、やがて――融合した。
鼓動は一つ。
だが、意思は三つのまま。
「いっしょ」
「ずっと、ずっと」
「いっしょ。だよ」
その声は、巨大な喉から同時に漏れ出る。
重なり合い、歪み、もはや言葉として成立しない。
皮膚は縫い合わされたように繋がり、
顔は三つの名残を持ちながら、一つの異形の仮面へと崩れていく。
目は六つ。
涙は、どれが誰のものか分からない。
それは既に魔法少女ではなかった。
ましてや怪物ですらない。
「共有」という神秘。
それが死を拒ばれた結果、生まれてしまった存在。
生きている。
だが、誰も生きていない。
異形の身が、そこに現れる。
その中で、三人の記憶がせめぎ合い、声が反響する。
「いっしょだよ」
「みんな、みんな」
「わたしと、いっしょ」
返事はない。
あるのは、三つの死が溶け合った、静かな咆哮だけだった。
夕日に寄り添い、異形を見つめる瑠璃。
そしてその足元には子犬の姿もあった。
そんな一人と一匹を後ろに置き、夕日は前に踏み出す。
【癒し】の闇。
それを纏い、その表情に一切の畏れを抱くことなく。
だがそんな夕日の耳に、
「夕日ちゃん」
「二つ目のお友達質問。それの答えをもらいに来たよ」
柔らかな声。
倣い、夕日の横。
そこに純白の光に包まれ、白河優里は現れる。
白銀を纏い、その表情に微笑みを宿しーー白河 優里は夕日に並び立つようにそこに現れたのであった。




