魔法少女①
よみがえった温かみ。
それに夕日は、優しく子犬を抱きしめた。
子犬の鼓動。それは確かに夕日に伝わる。
だがその子犬の顔は、かつてのソレではない。
どこか無機質で、感情がない。瞳に光は無く、あるのは夕日と同じ闇のゆらめき。
吠えることはない。
静かに顔をもたげ、子犬はじっと虚空を見つめるのみ。
そして夕日の瞳に宿る闇もまた、陰ることはない。
染み渡る噴水の音。
それが夕日の耳をくすぐる。
風が吹き、夕日の髪を揺らす。
そしてそれに混じり、
「夕日。さん」
聞き覚えのある声が響く。
ゆらりと夕日の視界が揺らぐ。
いや揺らいだというより、空間が歪んだといったほうが正しいのかもしれない。
死の匂い。
血の臭い。
夕日の鼻腔に伝わる冷たく重いニオい。
呼応し、夕日の視線の先にソレは現れた。
街灯の光。それに淡く照らされた道。
その奥から歩む、一人の少女。
揺れる黒髪。
感情を無くした瞳に、生気を失った表情。
曰く。
「夕日、さん。夕日さん。夕日」
虚に言葉をこぼし、立ち止まるはーー
「ヤミ。ヤミを浄化するのが」
「魔法少女の使命」
「使命。しめい。シメイ」
かつて夕日が死を与えたはずの存在。大和 撫子。そのモノだった。
〜〜〜
大和 撫子。
その姿を見据え、しかし夕日はベンチから腰をあげることはしない。
座ったまま。ただ静かに、撫子を見据えるのみ。
「如月 夕日」
夕日の名。
それを呟き、撫子は意思を表明しようとする。
【束縛】
あらゆるモノを束縛し、己に固定する神秘。
"「撫子」"
"「君の神秘は束縛。君の心が一番求めていた血筋からの自由。それと引き換えに、束縛の神秘が君には宿る」"
"「さぁ、撫子。魔法少女としていっしょにがんばろうね」"
撫子の脳裏。
そこに蘇ったのは、小さきモノとの邂逅だった。
微かな日さえ当たらぬ座敷牢。その中で交わされた、魔法少女への昇華の儀。自由を求め【魔法少女】に束縛された、己の所業。
「撫子」
「魔法少女の君は死なない」
「だから思い切って戦える」
撫子の空虚な心。
そこにこだまする小さきモノの声。
「魔法少女になった瞬間。その時から君は人としての死を超越した。そしてそれは、他のみんなも同じ。だからその使命から逃れる方法はない。このことを知ってるぼくの同胞はまだ一部。でも、そうだね。逃れる方法があるとすれば……それはーー」
「闇に侵食されること」
小さきモノの言葉の続き。
それを撫子は響かせる。
無機質に。そして、淡々と。
【束縛】
【魔法少女の使命に】
束縛の神秘。
それに、身を委ねる撫子。
瞬間。
膨大な純青のオーラ。その束縛の神秘が、撫子の身を包む。風を巻き込み、空間を震わせ、大和撫子はたった一人の如月 夕日を浄化せんとする。
【束縛】
【如月夕日の意思を】
【大和撫子へと】
呼応し、夕日はベンチから立ち上がる。
そして子犬を抱いたまま、夕日は撫子のほうへと歩み寄っていく。
その足取り。そこに畏れはない。
あるのは、大和撫子に対する憎悪と敵意のみ。
夕日に抱かれた子犬。
その顔にも畏れはない。
「闇。闇。ヤミ」
呟かれ続ける、撫子の声。
【束縛】
【如月夕日の全ての未来を】
夕日の未来。
それが縛られ、夕日は先に進めなくなる。
未来の束縛。それは、夕日の未来への行為が全て縛られることを意味していた。
倣い。夕日の未来への生命活動も、その行為を止めようとする。
鼓動が弱まっていき、呼吸もまた弱まっていく。
だが、夕日を包む闇は夕日に癒しを与え続けた。
【癒し】
【如月夕日が死ぬという苦しみから】
青と黒。その二つの色に明滅する夕日の瞳。
それは名状しがたき光と闇のぶつかり合い。
如月夕日という名の存在。その中で、光と闇はせめぎ合い続ける。
撫子の双眸。
そこからつたい落ちる血の雫。
口元からも血が滴り、撫子の身体が神秘の反動で軋む。
めきッ
内から響く、内側が壊れる音。
だが、大和撫子は決して死なない。
魔法少女である限り、撫子に死は与えられない。
貫く痛み。
しかし、響き続けるのは小さきモノの声。
「撫子」
「神秘を緩めたら押し切られる」
「神秘をかけ続けるんだ。如月夕日にもいつか限界がくる」
「君は絶対に死なない。絶対に死なせない」
ごほっ
撫子の口。
そこから噴き出す赤黒い血。
ごきぃッ
折れ、内から突き出る骨。
視界が揺らぐ。
目の色が失われる。
しかし、大和撫子に死は与えられない。
与えられるのは、如月夕日に神秘をかけ続けるという【魔法少女】としての使命のみ。
だが、如月夕日は終わらない。
夕日の周囲。
そこに寄りつく、ヨリヤミたち。
それらがまるで夕日を守るように夕日の身を包み込んでいく。
母に縋る子どものように。
決して如月夕日という存在が神秘によって浄化されぬよう、闇に繋ぎ止めるかのようにして。
それに、撫子は問いかける。
己のうちの小さきモノに向け、
「おわりはあるの?」
「如月夕日に」
小さきモノは答えた。
「ある。闇は有限。いつか絶対に終わりはくる」
「ほんとうに?」
「あぁ。本当だ。だから撫子。如月夕日に神秘をかけ続けるんだ。それが君の使命。君の、魔法少女の使命なのだから」
「う、ん。わかっ」
喉が潰れ、声を失う撫子。
足が砕け、その場に崩れる撫子。
しかし、大和撫子は死なない。
魔法少女である限り。絶対に。
顔だけを前に向け、撫子は神秘を行使し続ける。
如月夕日に向け。
【束縛】【束縛】【束縛】と。
だが、その大和撫子の終わりは唐突に訪れる。
撫子の周囲。
そこに現れる漆黒の溜まり。
否、それは、如月夕日の闇。
己の純青が混じった、ヤミ。
声を失った撫子。
ただ静かに、その異様なヤミの気配をその身に感じーー
「わたしの神秘」
「もう、侵食されてしまっていた」
撫子は胸中で呟く。
【束縛】の効かぬ闇。
それに神秘をかけ続けた代償。
それは己の身を壊すことに加え、神秘そのものも闇に取り込まれること。
そして、今。
「撫子」
「おしまいだね。どうやら、君の神秘は如月夕日には届かなかった」
「神秘をかけ続ければ綻びが見えると思ったのだけれど……如月夕日の闇。そっちのほうが君の神秘を上回った」
「だけど、撫子。君の犠牲は他の魔法少女にとって貴重なモノとも尊いモノともなる」
「闇に対する光の限界の共有。そして、闇に対する魔法少女の団結を高めるという意味でね」
闇に侵食されゆく意識の中。
そこで撫子は小さきモノの声を聞く。
そして、己の意思が消える間際。
〜〜〜
温かな母の膝枕の上。
「わたしは」
「鳥になりたな」
「だって、だって。いつも自由に」
〜〜〜
「お空を、飛び回っているの」
「だから。おかあさまもいっしょに、おそらを」
忘れていた幼き日の記憶。
それを呟き、
「ゆうひさん」
「ごめん、なさい」
夕日に謝罪を告げ、大和撫子は夕日の闇に完全に飲み込まれてしまったのであった。




