居場所③
その二人の名を思い浮かべた瞬間。
空気が重く歪んだ。
虎森大河。
佐伯恵。
その二つの存在は、夕日の中で「顔」ではなく出来事として焼き付いている。
笑顔。光。
うすら笑い。霞んだ光。
夕日の足元で影が波打つ。
それは怒りではない。激情でもない。
ただの、如月夕日の思いの発露。
「まほう。しょうじょ」
その言葉は吐息とともに落ちた。
冷たく静かで。淡々と。
赤澤茜。大和撫子。虎森大河。佐伯恵。
彼女たちは守っていた。
確かに、街を。
確かに誰かを。
確かに、ヤリヤミから世界を。
だが、如月夕日にとってはただの敵。
抱きしめられた子犬。
冷え切った小さな体。
夕日は誰に向けてでもなく、ただ空を見る。
その瞳に感情はない。
だからこそ、その拒絶にもまた色はない。
日影の横顔。
それを夕日は仰ぎ見た。
眠るように横たわるその姿。
「せんせい」
小さく呼びかける。
返事はない。
「だいじょうぶ」
「せんせいはやさしいから」
「夕日が“まちがったこと”をしても、かなしいかおをするだけ」
夕日は、微かに笑う。
指先から滲む闇。
それは傷つけるためのものではない。
【癒す】
【日影真那が目覚めたとき、この出来事を“夢”として処理できないことを】
夢として処理できたなら。
それはきっといいことだろう。
闇は従順だった。
夕日の意思は、もはや命令に近い。
立ち去る前に、夕日は一度だけ振り返る。
「ありがとう」
「せんせいがいたから」
「夕日はきっと。すべてをこわそうとはおもわなかった」
だが、壊れなかったからこそ残った。
空は完全に日が昇る。
街灯の光が、やけに白く、嘘くさい。
その光の向こう。
そこで、魔法少女たちは戦っているのだろう。
誰かを救うために。
誰かを切り捨て、世界の為だと免罪符を口にして。
夕日のローブが三度、揺れる。
影が形を持ち始めた。
魔法少女を、救うか。
魔法少女を終わらせるか。
夕日の内。そこではもうその答えは決まっていた。
〜〜〜
昼休み。教室の中。
その騒がしい空間に、二つの声が響く。
「優里。どうしたの?」
「んー?」
「今日ずっと窓の外見てぼーっとしてるよ」
「うーん…ちょっと、疲れがとれなくて」
「なに、寝不足?」
「かもしれないかな」
友人の声。
それに覇気のない声を返す、白河 優里。
目の下にはうっすらとしたクマ。
そしてその整った顔には隠し切れぬ疲労が滲んでいた。
「なになに優里。夜更かししちゃったの?」
「夜更かし。っていうより、仕事かな」
「仕事? 優里。アルバイトやってんの?」
「んー…アルバイトっていうよりまほうーー」
そこで優里は「はっ」と正気に戻る。
「まほう? まほう……なに?」
「い、いや。魔法を使えたらいいかなぁ…なんて。ははは」
誤魔化すように笑う、白河。
その表情はどにでもいる少女そのもの。
そんな白河に、友人もまた笑う。
「ははは。魔法かぁ。もし使えたら、優里はどんな魔法を使いたい?」
「えーっと、ね。みんなが心の底から笑えるような魔法。そんな魔法を」
疲れを押し殺し、白河は窓の外を見る。
そして言葉の続きを楽しそうに呟く。
「使えるようになりたいな」
その横顔。
それは、光を守る【魔法少女】そのもの。
刹那。
白河の脳内。
そこに声が響く。
「優里。闇だ。ヨリヤミが現れた」
小さきモノの声。
それが白河の内に響き渡ったのであった。
〜〜〜
薄暗い路地裏。
そこに声が染み渡る。
「た、助け」
「へぇ。あんた、自我がまだあるんだ。闇に侵されてるクセに」
カチカチと歯を鳴らす、少女。
その眼前で蔑みの表情を浮かべるは、虎森 大河。
覗く八重歯。揺れる茶髪。
そしてその手には、銃のカタチをしたモノが握られていた。
「はぁ。手間をとらせないでくれる?」
少女の額。
そこに銃口を突きつけ、虎森は嗤う。
「あの時。いっしょに部屋に居てくれたらさ……その場でいっしょに消してあげたのに。あの男。あんたのパパでしょ?」
先日消した闇に侵されし男。
その姿を思い出し、虎森は吐き捨てる。
「パパが消されちゃったから闇に侵された。とかそんな感じでしょ?」
「……っ」
「なにその目?」
引き金にかかる指。
「まっ。あんたが大きなヨリヤミに成長する前に始末できる。それに免じてその目つきは許してあげるねーー感謝しろよ。ゴミ」
引かれんとする引き金。
吊り上がる虎森の口元。
だが、その刹那。
「虎森 大河」
己の名。
それが上から降り注ぐ。
呼応し、虎森は上を見る。
銃口を少女の額に突きつけたまま、歪な笑みをその顔にたたえながら。
果たしてその虎森の視線の先に居たのは、
「如月 夕日。夕日ちゃんじゃん」
虎森の口。
そこから紡がれるその者の名。
倣い、虎森は銃口を夕日に向ける。
そして声を張り上げた。
「夕日ちゃんすごいねッ、立派な闇になってるじゃん!! 茜と撫子さんをヤるなんてすごいじゃん!!」
「……」
「はいッ、これプレゼント!! 受け取って!!」
引かれる引き金。
パンッと響く乾いた音。
【闇殺しの銃弾】
それが撃ち放たれ、夕日の頭を撃ち抜かんとする。
だが、その銃弾は夕日には届かない。
【癒す】
【銃弾に当たるという苦しみから】
闇に包まれ、銃弾はその軌道を変え空を切る。
それを嗤う、虎森。
「はははッ、すごいーーっ」
じゃん!!
そんな叫びが響く前に、夕日は意思を表明する。
「シね」
それに応える闇。
闇に貫かれた、虎森。
【癒す】
【虎森 大河の身が原型を留めることから】
闇に切り刻まれる、虎森の身体。
その光景。
それを夕日は、ただ無機質に見つめるのみ。
風にその身を揺らし、その瞳に闇を蠢かせながらじっとじっと。
魔法少女に居場所なんてない。
そんな思い。それを己の闇に込めながら。




