ヨリヤミ⑤
夕日の手。
そこからこぼれ、アスファルトの上に落ちた子犬の亡骸。その亡骸はしかし、夕日の闇に包まれ決して傷つくことはない。
温かな闇。
それに抱擁され、子犬の亡骸は夕日と撫子の姿を見つめ続ける。
光なき瞳。それをもって、二人の闇と光をじっとじっとーー。
遠のいていく、撫子の意識。
しかし、死なない。死を束縛した大和 撫子に死は訪れない。
視界にうつるのは、如月 夕日の姿。
闇に包まれ、その瞳に蠢く闇を孕んだ如月 夕日の姿。
歪む、撫子の唇。
しかし眼光は未だ衰えず、青の光もまたその輝きを失わない。
こちらを見下ろす、夕日。
月を逆光に受け、無機質を顔に張り付けた闇に囚われたモノ。
その姿を見つめ、撫子は名を呟く。
「夕日」
「如月 夕日」
赤と黒を纏った右の拳。
曰く、赤澤 茜の【粉砕】神秘をも纏った拳。
それを振り上げた、夕日。
「いい、ですわ」
「その、チカラ」
「夕日さん。貴女にはそっちのほうがお似合いですわ、ね」
呟かれた、撫子の言葉。
その言葉には、夕日に対するどこか屈折した思いが宿っている。
〜〜〜
「夕日さん。貴女は、魔法少女に向いてないのかもしれませんわね」
「お早めにおやめたほうがいいのではありませんか?」
〜〜〜
撫子の脳裏。
そこによみがえる、記憶。
「ふ、ふふふ。言った通りではありませんか」
「わたくしの、言った通り」
だが、その撫子の声はそれ以上、響くことはなかった。
躊躇いなく振り下ろされる、夕日の拳。
曰く。【粉砕】と【癒し】の力が宿った赤と黒に彩られた小さな拳。
べきッ
地が揺れる。
大気が震える。
ベキッ
骨が砕ける音。
そしてーー
ベキぃっ
【粉砕】により【束縛】が破壊される音。
それが周囲に反響する。
小さく痙攣する、撫子の身体。
しかし、夕日の拳は止まらない。
「かえせ。かえせ。かえせ」
「ゆるさない。ゆるさない。ゆる、さない」
二度、三度と。夕日は拳を振り下ろす。
その度。撫子の身体は小さく痙攣し、僅かに跳ねる。
広がる亀裂。撫子の身を中心にし、蜘蛛の巣のように亀裂が広がっていく。
それは、夕日の拳が人智を完全に超えていることを意味していた。
響き続ける打撃音。
それは月夜に染み渡り、夜の闇の中へと溶け込んでいく。
べきぃッ
………
……
…
何度目だろう。
夕日は拳を振り下ろすのをやめ、息を整える。
小さな胸。それを上下させて。
もはや撫子の顔は原型を留めていない。
そして広がる赤黒い血。
先ほどは流れなかった、血。
それは、【粉砕】により【死の束縛】が破壊されたことにより大和 撫子が【死】を与えられたことを意味していた。
ぽたぽたと。己の拳より滴る、撫子の血。
それを意に介さず、夕日は左の手のひらに力を込める。
撫子のか細い首を掴んだ手のひら。
その手に力を込めーー
ごきっ
撫子の首の骨。
それを夕日は握り折る。一切の容赦も躊躇いも宿すことなく。
そして夕日はその場に立つ。
撫子の醜い亡骸。それを見下すように。
吹き抜ける夜風。
それに髪を揺らす、夕日。
その姿。それは、ヨリヤミの次元を超えた深淵の闇の具現化。そのもの。
「い、いけない」
「撫子もやられちゃった」
空から一部始終を見届け、その場から忌避しようする撫子の小さきモノ。
「こ、このままじゃ」
逃げ去ろうとする、小さきモノ。
しかし。
「ころして」
小さきモノに視線すら向けず、夕日は意思を表明する。
闇に対し、淡々と。
呼応し、闇は小さきモノを貫く。
一瞬にして、数秒すらもかからずに。
そして身を翻した、夕日。
そして子犬の亡骸の元へと、夕日は歩み寄る。
闇を引き連れ、ゆっくりと。
立ち止まり、子犬の亡骸を優しく拾い上げーー
無機質に、夕日はその場から立ち去っていったのであった。




