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食卓のない朝
朝、家は静かだった。
澄子は布団の中で小さく丸まり、ゆっくりとした寝息を立てていた。カーテンの隙間から差し込む光は、いつもより冷たく感じた。雪野は台所へ向かったが、テーブルの上には何もなかった。
炊飯器は空。皿も箸も並んでいない。冷蔵庫を開けると、昨日の残りの厚揚げが少しだけ見つかったが、湯気の記憶もないそれには手が伸びなかった。
──作ってないんだ。
そう思った途端、胸の奥にじわっと苛立ちが広がった。朝食くらい、作ってくれてもいいじゃないか。疲れてるのは私だって同じだ。
何かを言いかけて、やめた。母は、まだ眠っている。
雪野はそのまま家を出て、駅前のコンビニに寄った。ツナと卵のサンドイッチを選び、紙パックの紅茶を手に取る。ベンチに腰を下ろし、包装を静かに破いた。
ツナの塩気が舌に広がる。紅茶は、少しだけ甘かった。
「まあ、こんなもんでいいか」
誰に聞かせるでもなく、ひとり言を呟く。食卓のない朝は、こんなふうに過ぎていく。