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静かなる光の中で
施設の勤務を終え、雪野梢は夕暮れの坂道を歩いていた。
遠くから見える自宅の窓。その灯りがぼんやりと父の存在を伝えていた。
あかりが退職し、現場の現実を見つめ直す中で、雪野自身もまた、自分の内にある静かな問いと向き合い続けていた。理想とは何か、距離とは何か、そして、何のために手を差し伸べるのか。
帰宅して台所に立つ父は、鍋の蓋を開けて言った。
「今日もお疲れさん。味見するか?」
その何気ない言葉が、梢の疲れをやさしく溶かしていった。
──この時間が、いつまで続くかわからない。
父の背が少しずつ小さくなっていくことに気づきながらも、雪野は今ここにある穏やかさを深く受け止めていた。
誰かのそばにいるということ。
その温度に、技術では測れない意味が宿っていること。
雪野は思った。
「変わっていくことも、終わってしまうことも、怖くない。私はちゃんと見て、ちゃんと生きていく」
窓の外には、秋の風が葉をさらっていた。
その静けさの中で、雪野の歩みは、たしかに続いていた。




