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女子一人、お湯を沸かすだけの夜  作者: バッシー0822


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置き去りにされた日常

翌朝、玄関に並べられた小ぶりなトランクと、肩掛けの鞄。梢が目を覚ましたときには、すでに母は支度を終えていた。


「しばらく帰らないから。お父さんのこと、よろしくね」


それだけを言って、母は振り返らなかった。背筋は伸びていた。いつものように背中を丸めて買い物袋を抱えていく人ではなく、新しい物語の始まりを歩く人の姿だった。


その顔は、晴れやかだった。

憂いも悔いもなく。


梢は立ち尽くす。窓から見える母の姿は、いつしか交差点の人波にまぎれて消えた。


それから、彼女は病院へ通い詰めた。

午前の空気は硬く澄んでいて、ベッドに座る父の背中はますます小さく見えた。


日々の会話は、少しずつ変化を帯びた。最初は他愛ない報告、次第に記憶のかけらが混じり始め、父の言葉から断片的に、かつての母や自分自身の姿が紡ぎ直されていった。


洗濯されたパジャマを畳み、細かな食事の調整を看護師と話すその姿は、まるで母の代わりだった。しかし、梢はただ“代行”しているとは思わなかった。


彼女は今、父との時間を生き直しているのだった。

母が選んだ“別の道”の静けさを、遠くから見守るように。

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