母の所在
「三日に一度は、母さん来てくれるんだよ。替えの着替えもちゃんと持ってきてくれるしね。ありがたいよ」
父の声は、どこか懐かしさを宿していた。病室の窓から差し込む午後の光が、かすかに白く彼の横顔を照らしている。
梢は、うなずきながらも視線を落とす。
「……あまり長くはいてくれないんでしょう?」
「うん、ちょっと顔出して、すぐに帰るよ。家のことが忙しいんだろうな。昔から、あんまりじっとしてる人じゃなかったし」
父の言葉に合わせて、「家事があるから」と言葉を添えた梢。しかし、その胸の奥には、小さな疑念が湧き上がっていた。
──本当に、家事のためだけなのか?
母は何を見て、何に触れ、何を残して去っているのだろう。かつてあれほど情に厚かったはずの人が、なぜ今は距離を置いているように感じるのか。
父の病室に置かれた着替えの袋が、妙に整然としていることが、その「整えすぎた思いやり」のようにも見えてくる。
ふと、梢は思う。「母は、過去と向き合うことを避けているのではないか」と。
自分は“見舞う”ためにここに来た。けれど母は、“届ける”だけで帰っていく。その差が、父よりも母との間に新しい深い谷を生んでいるようだった。




