一人でできるもん
鏡の前で、髪をかき上げる。指先の隙間から見えた頭皮が、以前よりも広く感じられる。湿気のせいじゃない。明らかに、量が減っている。
化粧をしようとして手が止まる。そういえば──生理が、もう何ヶ月も来ていない。
「……閉経」
その文字が、ふと頭の隅に現れた。大げさな驚きはなかった。ただ、自分の体が「何かの終わり」を告げた気がした。
部屋には誰もいない。老いた両親と、この静かな家だけが日々のすべて。昔、家事を“女の義務”のように思い込み、その価値を否定していた若き頃の自分がよぎる。
──あんなもの、誰でもできる。縛りだ。自由を奪うもの。
でも今、ゴミを片付け、米を炊き、味噌汁を作って気づく。
“この程度”のことができれば、選ばれる可能性は十分にあったかもしれない。誰かに見つけてもらえたかもしれない。けれどもう、それは過ぎてしまった。
雪野は思う。
──私にもう、そんな出会いはないだろう。
炊きたての米の匂いが、部屋に微かに立ち上っている。掃除の終わった床は光を反射し、冷蔵庫にはれとるとのパスタソースが控えている。
何も起きない日々。でも、それでも生きている。
「……一人でできるもん」
そう呟いた声は、鏡の中の誰かに届いた。




