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無感覚な昼の時間
午前九時二分。すでに会社に着いている。
派遣社員の制服はない。だから雪野は、無難なベージュのニットと膝丈のスカートを選んでいる。何度も洗濯されたそれは、形こそ崩れていないが、どこか色が沈んでいる。
席に着き、パソコンを立ち上げ、朝のタスクに取り掛かる。Excelの表に請求金額を入力し、部内共有フォルダに資料を格納する。誰かに挨拶されれば、口角を少しだけ上げる。社内チャットにスタンプが届けば、「笑」の文字を返す。
誰とも深く関わらない。誰にも迷惑をかけない。完璧に“そつなく過ごす”一日。
斜め前の席では、若い正社員が新しいリップを見せ合って笑っている。その隣では婚約指輪の話に花が咲いている。雪野は視線をパソコンの画面に固定したまま、右手のスクロールを止めない。
昼休みになった。
給湯室で紙コップにインスタントの緑茶を注ぎながら、雪野はふと思う。
──今日も、誰とも話していない気がする。
それは嫌ではない。でも、少しだけ重たかった。