追い越される音
午後三時。報告書の提出を終えて席に戻ると、斜め向かいの山下が同僚と笑い合っていた。彼の話題は週末のキャンプだったらしい。「娘が魚掴み苦手でさ~」と、自慢げでもなく、ただ穏やかに語っていた。
その隣では、以前は雪野が密かに「気の利かない子」と思っていた女性社員が、手際よく外部とのやり取りをこなし、昼には同僚とアプリで見つけた人気カフェの写真を見せ合っていた。
──あれ、この人たち、私よりずっと“充実している”んじゃないか?
ふとした気づきが、雪野の胸に冷たいものを注いだ。過去、自分が「下」と見ていた人たちが、今では家庭を持ち、趣味を楽しみ、職場でも役割を果たしている。
一方の自分は──誰にも見られていない。誰にも期待されていない。ただ淡々とこなすだけの日々。選ばれず、誰かに話しかけられず、そしてそのことを誰にも言えない。
目の前で誰かが笑った。その笑いが、まるで自分を置き去りにする合図のようだった。
雪野は、モニターに視線を戻した。画面がぼやける。心がざわつく。この違和は、ただの焦りではない。それは、もう手の届かない何かへの恐怖だった。
──いつの間に、私は抜かされていたんだろう。