許される夜
駅前で待ち合わせた彼は、相談所で見かけた男性たちとはまるで違っていた。
スーツの肩のラインも、言葉の間の笑みも、“経験値”を感じさせた。女慣れした会話が心地よくて、雪野は久々に「自分が誰かの目に映っている」感覚を得た。スマホでしか繋がっていなかった彼が、実際に目の前でカフェのドアを開けてくれた。それだけで少し浮足立つ。
話題はスムーズに流れた。映画、音楽、仕事、そして恋愛。
雪野の理想とは少し違う。年収も、話す内容も、結婚という話の重さも。でも、彼の眼差しは穏やかで、何より“自分を見ている”と思わせる演技が巧みだった。
「うち、近いんだけど…よかったら少し休んでく?」
その誘いに、雪野は迷いながらも頷いた。帰らない理由を、無理に考える必要はないと思った。
部屋は整理されていて、BGMが流れていた。彼が差し出したグラスの冷たさが、静かに夜を進める合図になる。キスは唐突ではなかった。空気に混じるように近づいてきて、雪野はそのまま頷いていた。
──恋愛ではない。でも、何かが“許される”気がした。
彼の腕の中で眠ったわけではない。夜半に目覚め、静かにシャワーを借りた。そのとき鏡に映った自分の顔に、少しだけ赤みが残っていた。
その朝、早めに部屋を出た。駅までの道で、冷たい風が頬を撫でていく。雪野はスマホを開き、彼からの「また会いたいね」というメッセージを眺めた。
まだ夢の続きのようだった。
だけどその先には、何かがゆっくり冷めていく予感も、確かにあった。