炭酸の勢いで
家の中が、少しずつ荒れはじめている。
床には畳みきれていない洗濯物。冷蔵庫には賞味期限の過ぎた豆腐。キッチンのスポンジは、色が抜けている。以前は、母・澄子の手によって整えられていた空間だった。
今は違う。雪野はそれを「母の怠惰」として受け取っていた。疲れているのは母だけじゃないのに、なぜ自分だけが気づいているのだろう。
その夜、冷蔵庫の奥から缶チューハイを見つけた。ふだんは飲まない。けれど、手に取った。炭酸の音が部屋の静けさに弾けた。
1本飲み終えたころ、雪野はスマホを手にしていた。
──結婚相談所。無料カウンセリング、登録フォーム。
思うよりも早く、指が動いた。住所。年齢。希望の相手。入力が終わるころには、缶が2本目に変わっていた。
その勢いで、マッチングアプリも入れてみた。プロフィールを設定し、過去に撮った写真を1枚だけ載せる。
――通知がすぐに鳴った。
メッセージが数通届いた。中でも、ひとりの男性の「初めまして、なんだか落ち着いてる雰囲気の写真ですね」に、雪野の指が動いた。
「ありがとうございます。最近は静かに過ごしてます」
返信した。簡単だった。こんなふうに繋がるのか、と思った。悪くない。気分は少し、軽くなった。
その夜は、久々に湯を沸かさなかった。でも、少しだけいい気分で眠ることができた。




