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知らされる瞬間
昼休み、給湯室の隅。ぬるいお茶を入れながら、雪野はいつものように無表情で同僚の今井と並んだ。
「…実はね、来月、結婚するんだ」
今井が紙コップを見つめながら、ぽつりとそう言った。
雪野は反応できなかった。一瞬、耳がうまく機能していないような感覚になった。今井は続ける。
「社内の人。まだあまり言ってないけど、挨拶とかは済ませててさ。落ち着いたら式はしないで、入籍だけにする予定」
雪野は、口元に笑みの形をつくる。
「そっか…おめでとう」
声は出した。でも心には何も響かなかった。
今井は嬉しそうに話を続ける。指輪のこと。名字が変わること。なんでもないような未来の話。雪野は聞いているふりをしながら、目の奥がひりひりと乾いていくようだった。
──これまで一緒に並んで誰かを笑っていた相手が、違う道へ進んでいく。
それはまるで、列の途中で自分だけが置いてきぼりになったような感覚だった。
午後の作業中、雪野はふと、「裏切られた」と思ってしまった。別に悪いことではない。祝福すべきこと。でも、心の奥では何かが崩れていた。
コピー機の前で今井にまた会ったが、「おめでとう」と、もう一度言うことはできなかった。




