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貴方に素晴らしき人生を! 〜誰が為に転生す〜

作者: 下東 良雄

 雲の上の輝く神殿。若い男は緊張していた。

 目の前には純白の衣を羽織った曇りのない金髪の美しき女神。

 そしてルーレットテーブル。

 海外のカジノによくあるアレだ。

 テーブルにチップを賭ける場所は書かれておらず、大きく『|REINCARNATIONリーインカーネイション』と書かれている。

 これは『輪廻転生』『生まれ変わり』という意味の言葉だ。緊張しないわけがなかった。


 男は自身の死後、気がついたらこの神殿いた。

 歳は六十を超えていたはずだが、ここでは二十代の頃の若々しい姿だ。

 しかし、そんなことは些細なことだった。来世の運命が決まるのだ。

 男はゴクリとツバを飲み込んだ。


 そんな男に女神は優しく微笑み掛ける。


「さぁ、そのテーブルに手を置きなさい」


 女神がテーブルを手で指し示す。

 男は右手を広げ、素直にテーブルへ置いた。

 それと同時にテーブルが光りだし、その輝きが増していく。

 そして、目も眩むような輝きになった瞬間、ふっとその輝きが消え、テーブルには美しくきらめく一個の小さな球が残されていた。


「おぉ、素晴らしい! これは最高ランクの宝玉です!」


 目を見開き、喜びをあらわにする女神。


「これだけの美しさ、きっと前世ではたくさんの善行を積まれたのでしょう」


 宝玉を手にした女神の優しい微笑みに、男はただ緊張することしかできない。


「前世で素晴らしい善行を積んだ貴方に相応(ふさわ)しい来世を!」


 ゆっくりと回り始めたルーレットのホイール。

 まさしく運命の輪(Wheel of Fortune)だ。

 宝玉を手にルーレットへと腕を伸ばす女神。

 来世どんな人生を送ることになるのか、今女神と、このルーレットに託された。


「そして、貴方に素晴らしき人生を!」


 女神は、まるでカジノのディーラーのように宝玉をルーレットへと滑り込ませた。

 シャーッという音とともにルーレットの縁を勢い良く周回している宝玉。やがてホイールへと落ち、輝きを放ちながらあちらこちらへと跳ね回っている。

 宝玉の行方に男はただひたすらに祈り続けた。

 宝玉の動きに勢いが無くなる。男の来世の運命がもうすぐ決まる。

 そして、宝玉は運命の数字へと吸い込まれていった。


(ゼロ)


 男の表情が固まる。


「おめでとう!」


 女神が祝福の笑顔を男に向けた。


「貴方はすべてを手に入れたのです!」


 驚く男。


「来世、貴方は剣聖としての力と、賢者としての頭脳、そしてあらゆる動物や魔物たちを使役できるテイマー(調教師)としての能力を持つ唯一の勇者として、異世界へと転生します!」


 笑顔の女神は続けた。


「貴方は貴族として生まれ変わり、勇者の才覚が目覚めるまで何一つ苦労することはないでしょう。そして、勇者として目覚めてからは、多くの美しき従者を引き連れ、魔神を倒すための長い旅に出ることになります。辛い旅になるかもしれませんが、その従者たちの好意を貴方は受け止めていくことになるでしょう」


 男の頬に涙が伝う。


「貴方の新しい人生に祝福を!」


 女神の言葉とともに、男の足元には魔法陣が出現し、その光に包まれて異世界へと転生されていった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 色鮮やかな光が自分の周りを流れていく。

 来世へ向かって転生していく男は思った。


「一体いくつの異世界を救えば解放されるんだ……」


 男は、数え切れないほどの世界を救ってきた。

 最初はチートな能力に喜んだが、いつしかそれは苦痛になっていった。

 女神から与えられたその能力は、決して自分の力ではなくチート(インチキ)なのだ。魔王を倒そうが、邪竜を倒そうが、そこには何の達成感もなかった。

 自分を慕う美しい女性たちもまた、女神から与えられたものであり、それが本当の好意なのかは分からない。そんな愛があるのかどうかも分からない女性たちとの行為も、いつしか苦痛になっていった。


「普通の生活を送りたい……畑を耕し、家畜を育て、恋をして、愛するひとと所帯を持ち、子どもを作り、やがて老いて、ただ死んでいく……そんな人生を送りたい……」


 自らの身体がどんどん若返っていき、もう今は幼い少年の姿になっている。このまま赤ん坊の姿にまで若返っていくのだろう。


「誰か……誰か助けて……」


 男の何十度目かの勇者の物語が始まろうとしていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 雲の上の輝く神殿。アンティーク調の白い丸テーブルには、水が波々と張られた大きな黄金の皿が置かれている。その水面には赤ん坊になろうとする男の姿が映し出されていた。

 そして、その映像を微笑みを浮かべながら女神が見つめている。


「あぁ……また新しい物語が始まるのね……次はどんな胸踊る展開になるのかしら……今世もまた私を楽しませて頂戴ね……ふふふふふ」


 丸テーブルが揺れ、水面にいくつもの波紋が広がっていく。

 そこに映る女神の笑顔。

 醜く歪んでいるのは、波紋のせいか。それとも――



挿絵(By みてみん)



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