この恋にピリオドを
彼が駅のホームから見えなくなっても、私はしばらくその場を動けなかった。春の風が頬をなでても、電車の音が遠くなっても、心だけがずっと彼の背中を追いかけていた。
手に残るぬくもりなんて、最初からなかった。私たちは、付き合っていたわけじゃない。ただの同級生。たまにLINEで話すくらい。廊下ですれ違えば軽く会釈して、帰り道が同じ日は、少しだけ歩くペースをゆるめてくれるような、そんな距離。
でも、私はずっと――彼のことが、好きだった。
初めてそれに気づいたのは、一年生の春。クラス替えで隣の席になって、消しゴムを貸した日。彼の「ありがとう」が、どうしようもなく優しくて、ドキドキが止まらなかった。
何気ない毎日だった。教室の窓から差し込む光、休み時間に笑う声、階段を一緒に下りた放課後。それだけで幸せだった。
だけど時間は残酷だった。二年、三年とクラスが離れ、話す機会はどんどん減っていった。それでも私は、すれ違うたびに胸が高鳴って、同じ空気を吸ってるだけで嬉しかった。
――それなのに。
卒業式の少し前、彼が遠くの高校に進学すると聞いた。
「夢があってさ。小さい頃から決めてたんだ」
そう話す彼の目はまっすぐで、少しも迷いがなかった。その時、私は悟った。
彼の未来に、私はいないんだ。
どんなに願っても、届かないことがある。努力すれば何でも叶うわけじゃない。私はただ、彼を“好き”になった。それだけで、何かを手に入れたわけじゃない。
手紙を書いたのは、卒業式の前夜だった。白い便箋に、何度も書いては破り、ようやく綴った言葉はたった一文。
「好きでした」
何も始まらなかった。だけど、ずっと好きだった。片想いだけど、本気だった。その気持ちにウソはつけなかったから、せめて言葉にして残したかった。
駅のベンチに腰を下ろし、私は震える指でその手紙を封筒にしまった。だけど、渡すタイミングは、ついに訪れなかった。
彼が改札に入る時、私はただ「じゃあね」って笑った。強がって、平気なふりをして。本当は、泣きそうだったのに。
彼は、振り返らなかった。
そうだよね、きっと私の気持ちなんて知らなかったんだ。
いや、もしかしたら、薄々気づいてたのかもしれない。でも、知らないふりをしてくれた。優しい人だったから。
私は立ち上がり、駅のゴミ箱の前でしばらく迷ったあと、ゆっくりと手紙を破った。音がするたびに、胸の奥がギュッと締めつけられる。でも、これでよかった。これでいいんだ。
伝えたら、何かが変わったかもしれない。でも、伝えなかったからこそ守れたものもある。私たちの距離、彼の笑顔、そして私自身の心。
私はポケットからイヤホンを取り出して、音楽を流した。彼が前に「この曲好き」って言ってたアーティストの曲。今なら、ちゃんと聴ける気がした。
電車がまた駅に滑り込んでくる。私はその音に背を向けて、ゆっくりと歩き出す。
泣くのは、今日まで。
明日からは、新しい季節が始まるから。
――この恋に、ピリオドを。