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あの山の向こう側

 あの山の向こう側を誰も知らない。


 夏休みも8月に入った。今日も猛暑日となる予報だ。

「なあ、テル。山の向こうに行ってみようか」

「何だよ。どうしたんだよ、いきなり」

冷房の効いた僕の部屋で漫画を読んでた勇斗がムクッと上半身を起こした。

「興味あるよな?」

「無いよ」

僕がそう答えると、勇斗は僕の返事を気にする素振りも見せずに漫画を閉じた。

「よし、明日行こうぜ。探検だ」

「何馬鹿なことを言ってるんだよ。そんなこと知れたら大変な事になるって」

 僕は呆れたようにゴロリと背中を向けた。


 翌日のお昼すぎに通知が来た。

「じゃあ、探検に行ってくるぜ」

「おい、マジか?」

返事は来なかった。どうやらやる気満々で家を出たらしいことは容易に想像できた。

「どうせ、すぐに帰ってくるさ。道も無いのに行けるはずもないし」

 冗談とばかり思っていたから少し動揺した。今まであの山を越えようとした者は誰も居ないと物心ついた時からそう教え込まれて来たからだ。

理由は知らない。兎に角、あの山には入るなとキツく言われ続けて来た。

「あの、馬鹿」

一時間が経過した。何度か連絡を取ろうとしたがやはり返事は梨の礫だ。

「マジ面倒くせえヤツ」

冷蔵庫に入っていたスポーツドリンクとタオルをリュックに詰めると僕はカンカン照りの下、自転車を漕ぎ出した。民家はすぐに無くなり、一キロも走ると山の麓で道が途絶えた。初めて来たけど何処から入ったら良いのか全く分からない。勇斗が入った形跡を探す。

「あいつ、ここまで歩いて来たのかな」

辺りを見回したが自転車が見当たらない。

「うわあ、どうしよう」

すると、通知が鳴った。

「涼しくて最高〜。お前も早く来いよ」

「おい、何処から入った?」

「西側」

「じゃあ、西側で待ってるからすぐに出てこいよ。いいな?」

 また途絶えた。

自転車はそこに置いて、すぐに西側に周った。

 少しだけ待ってみたが、出てくる気配も物音の一つさえもしない。

 強い鼓動が胸を押し上げる。

「おーい、勇斗〜」

幾度か呼び掛けてみた。

「あっ、これ勇斗のじゃ?」

足跡を見つけた。大人の大きさには見えない。爪先は山の中に真っ直ぐに向いている。

「ここから入ったのか」

振り返ると小さな街が更に小さく見えた。

「よし、行くぞ」

気合を入れた。すくみそうな足が一歩を踏み出す。

 鳥の鳴き声が上の方から聞こえた。僕はそこに向かって進む。生い茂る足元の草が邪魔をし、太ももの筋肉がダルくなってきた。

「おーい」

叫んでみた。すると、

「おーい」

と上の方から聞こえた。

「勇斗」

僕は木の幹に手を掛けながら体を引き上げて登って行った。

まだ頂上には着かないのかな。結構登って来た気がするけど。

「おーい」

「おーい」

まだ上の方から返ってくる。

こんなに高い山だったかな。麓から見るのとは全然違うな。そんな事を思いながら登り続けると傾斜が無くなってきた。やっと頂上に着いたみたいだ。あとは下るだけだ。もうすぐ山の向こうに行ける。

 気持ちが高ぶる。もう、勇斗の事などどうでも良くなってきた。

 登りの三倍位の速さで下っていく。Tシャツから出てる腕や手の甲が草や木枝にやられてヒリヒリとしてきた。

 日が当たらないからか、薄暗くて肌寒さを感じる。少しずつだが傾斜がなだらかになってきて、それが期待感を更に増してくる。先の方が何やら開けてきた。

 僕は山から飛び出すことはせずに木の陰に身を寄せて恐る恐る見渡した。

 目に入るもの全てが不思議な光景に見えた。たった今、確かにこの山を越えて来たのにどうして元の場所に戻ってしまったのか全く分からなかったからだ。

 山頂で方角を見失ったのかも知れないが、どう考えても体を反転させた記憶など欠片も見つからなかった。

 だが、だとしてもだ。この光景を目前にしてまた山の反対側を目指して行っても、そこに何も無かったらまたここに戻って来ないと行けなくなる。いくらなんでもそれは馬鹿げた選択だ。兎に角、先ずは置いてきた自転車を探さないと。

 僕は目の前の風景を当てに自転車の場所に向かった。

「あれ、無い。盗まれたのか」

その周辺をくまなく探したが見つからなかった。お母さんに何と言おうか。涙が溢れて来て止まらない。 

 仕方がなく、歩いて帰ることにした。帰りながらもキョロキョロと注意深く道の両側に視線を投げる。

 リュックからタオルを取り出し、吹き出し流れる汗をゴシゴシと拭った。ゴクゴクと喉を通り過ぎるスポーツドリンクが気持ちを落ち着かせる。

 そうだ。僕は携帯をポケットから出すと勇斗に電話を掛けた。色々と聞きたいことが沢山ある。

「この電話は現在使われておりません・・・・」

「えっ、なんで?」

間違えたかなと思い再度かけてみたが同じアナウンスが流れるばかりであった。きっと何処かで携帯を無くしたのか、それとも壊れたりしたのか。きっと、そんなとこだろうと思い、僕は家路を歩いた。

「ただいま」

返事がない。どうやらお母さんは出かけているらしい。多分、買い出しかなんかだろう。

ノブを引くとドアが開いた。鍵を掛け忘れて出掛けるなんて。そう思いながら家の中に入った。

 二階から誰か降りてくる足音がする。

「え、誰?」

 階段の途中で足を止め、大きな声を出された。

「えっ?」

 僕は慌てた。誰って言われたので訳もなく言葉に詰まった。

止まってた足が動き出して顔を覗かせてきた。

「なーんだあ、テルちゃんかあ。何やってるの早く上がりなさい」

お母さんは陽気な声色で笑みを浮かべてみせた。その様子を階段の下から見ながら僕は安堵感というものを感じることが出来なかった。

 お母さんがキッチンに向かったのを見て、僕は二階の自分の部屋に行った。ドアを開けると「あれっ?」と思った。棚に漫画本が一冊も無かったからだ。

「なんで?どこにいったの?」

部屋中を探してみたが見つからなかった。代わりに、ゲーム機がテーブルの下に乱雑に置かれていた。身をかがめ右手でゲーム機を掴み出す。他に何か変わってることは、そう思い手当たり次第に確認してみた。

 学生カバンから社会のテストが出てきた。酷い点数だった。自慢じゃないが、社会と国語だけは自信がある。だから、こんな点数など一度もとったことはない。

「ん?」

 名前、工藤輝紀?

え、工藤? どうして工藤って書いてるんだろ?

 僕は急いで玄関ドアを開けて家のネームプレートを確認した。

「KUDOU・・・・」

さっきは全く気付かなかった。どう見ても僕の家なのに名前が違っている。そう言えば、いつもはテル君というお母さんがテルちゃんと言ってた。そんなことは今まで言われたことも無かったし、用心深いお母さんが玄関の鍵を掛けずに居るなんてことも考えられない。

 何だか、凄い違和感。

「テルちゃーん。晩ごはん何にするー?」

キッチンからお母さんの声が響いた。

僕は、それには答えず、「ちょっと勇斗の家に行ってくる」と行って家を飛び出した。


 勇斗の家まで歩いて五分足らず。途中、もう一度電話を掛けたがそれは同じ結果だった。勇斗、帰ってれば良いけど。そう思いながらトボトボと歩いた。

 勇斗の家の前に立った。門のネームプレートを見る。違う、勇斗の苗字じゃない。

 こうなると、もう何が何だか分からなくなってきた。

 後ろで自転車のブレーキの音がした。振り向くと勇斗だった。

「勇斗、帰ってたのか」

僕は勇斗の両肩を掴んで揺さぶった。

「痛い、何するんだよ」

「あ、ごめん。それより、あの山には行かなかったのか?」

勇斗は不審な顔をした。

「君、誰?僕に何か用なの?」

「えっ?」

僕は慌てて肩を掴んだ手を離した。

「何言ってるんだよ、勇斗。僕だよ」

勇斗は顔をしかめた。

「知らないよ」

そう言って門の中に入って行った。家に入る間に一度も振り返ることも無かった。

僕は、暫くそこを動けなかった。じっと勇斗の家を眺め続けていた。

 そして、何かを諦めるように自分の家に向かった。 

 家に着いたら晩ごはんの匂いがした。僕の大嫌いな魚の焼き物だ。

 僕は階段を駆け上がり自分の部屋に入った。

「テルちゃーん、ご飯よお。貴方の好きな鯖の塩焼きー。早く降りておいでー」

僕は耳を塞いだ。


「テル君、遅いわねえ」

壁の時計を見ながら心配になって携帯に電話してみた。

この電話は現在・・・・

「間違えたかな」

そう思って携帯の電話帳を再確認したが間違ったようには思えなかった。もう一度電話してみる。

この電話は現在・・・・

「何、どうしてなの?何処に居るのテル君」

そうだ、勇斗君ちかも。サンダルを足を突っ込み、小走りで向かった。

「ピンポーン」 

「あ、こんにちは。あの、家の子お邪魔してませんでしょうか」

「いいえ、勇斗もまだ帰って来てませんが、どうかしたんですか」

そう言って玄関のドアが開いた。

携帯が繋がらない話をすると、勇斗君のお母さんも「そんな馬鹿なこと」と言いながらすぐに電話をした。

アナウンスが冷酷に聞こえた。

この電話は現在使われておりません・・・・



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