石丸電機 ~もし都知事選候補者が家電量販店に電球を買いに来たら?~
2024年7月7日、激動の都知事選が終わり注目候補者の会見ではおかしな会話が繰り広げられた。
それを題材として、かつて秋葉原にあった家電量販店、石丸電気を思い出しながら執筆してみました。
是非、最後までお読みいただけましたら幸いです。
ここは秋葉原の家電量販店。今日も盛況であり、店員は忙しそうにしている。
そんな中、若い店員は展示品のテレビとリモコンの調子を確かめている。バラエティ番組からニュース番組へ。チャンネルを変える度にある男が映っている。
彼は今日本中から注目を集めている都知事選の候補者である。若々しく颯爽とした出で立ち、老害の政治家たちを斬るという旨のカッコの良い演説、銀行マン出身というエリート性、閉鎖的な町で市長をやって過激な改革のせいで出禁にされたという実績。どことない刷新感を携えたその男に店員は魅了されていた。
そんな折、
「すいません」
男のか細い声が店員の耳元で囁いた。彼は気だるげに「いかがいたしましたか?」と振り向いたが、驚きのあまり言葉を失ってしまった。
なんとその男はテレビに映る都知事候補の若い男だったのである。しかし、画面の向こうに移るような爽やかな笑顔ではない。
「電球を」
男は店員に対し、ぶっきらぼうに尋ねた。しかし、店員は笑顔崩すことなく電球コーナーの位置を手で示し、男と共に歩き出した。
「お客様、どのような大きさのものをお求めでしょうか?」
電球販売での接客における定番の質問である。店員は頭の中でE17口径かE26口径かと勘繰る。
しかし、その質問を聞いて、男はバカにするかのように一笑する。
「私、大きさの話しました?」
質問に対して帰ってきた質問に店員は思わず困惑する。接客するにあたって面倒なお客様は多々いるが、この男もその一人だろうと思ったのである。店員は接客戦略を変更し、コーナーに案内するだけで終わらせようと決意した。
「失礼いたしました。現在、こちらメーカー様のものが主流ですので、お好みのものをお選びくださいませ」
一礼し、去ろうとする店員に対し、待てと言わんばかりに指を差す男。
「私、電球って言いましたよね? メーカーの話しました?」
めんどくさい。店員はこの男の接客を放棄することができない絶望を察した。
「えー、ですので、改めて今、お客様のニーズに合う可能性の高い電球をここに提示させていただきました。お求めの電球の大きささえ合致するものがございましたら、レジまでご足労いただけますと幸いです」
店員も不機嫌が表情にこぼれ出る。しかし、男はそんなことなど微塵も気にせず、怪訝な表情を浮かべている。
「何を言ってるんです? こちらの質問に答えてください」
指を差し続ける男の意図がまるで分からない店員。
「ですから電球の大きさが分からないことには…」
店員が喋るも、男は話を遮る。
「何故、答えなければなければいけないのですか?」
堂々巡りである。いい加減にしてくれと内心思いながらも店員は応えようとする。
「いや、まだ答えてもらってないですので聞いてるのです。お客様のお求めの電球は・・」
しかし、男は店員の話を再び遮って喋り出す。
「え? だから電球を求めているって言ったばかりですよ」
話は振出の時点に戻ってしまった。取り合えず、この不毛な議論(?)に決着をつけるべく店員は脳内で情報を統合する。統合して、統合して…。必殺技を繰り出す準備ができたようだ。店員は勇気を振り絞って声を出す。
「整理しましょう。お客様はまず電球をお求めですよね。一方でまだ電球の大きさを指定されていません。電球の大きさをまずお伺いできますでしょうか?」
心に届いたか? 店員は男の目をまっすぐ見つける。
だが、その目から彼は何の感情も読み取れなかった。
「ん? 電球の話ですよね」
もはや店員は我慢の限界に達した。もう無理矢理話を切り上げるしかない。
「だからその電球の話の根本を聞いているんですよ。電球の大きさはどうするかってとこが分からない以上、私どもとしても対応いたしかねます」
店員は立ち去ろうとするも、その進路を男が防ぐ。その顔には見るものを不快にする嘲笑が浮かんでいる。
「そもそも論ですよ。前提を理解していない。大きさやメーカーの話ばかりして、電球の定義について何も分かってらっしゃらないじゃないですか?」
何を言っているのか分からない。しかし、そんなことは店員にとってどうでもいいことだった。耳元のインカムに店長から「その場を離れろ」という指示が飛んできた。
「お客様のご意見はしかと受け止めます。ですが、お時間の関係上、大変申し訳ありませんが失礼いたします。どうぞ、こちらの電球の数々を余すことなくご覧くださいませ」
その店員の言葉を聞いた瞬間、男は目を見開き、両手で空にチョップを繰り出しながら、怒りのままに大声を張り上げた。
「あたなは店員として失礼が過ぎる! 攻撃的かと思えばバカにしているようで腹が立つ。あと、接客としてはゼロ点ですね。こっちが聞いてもずっと論点をずらして、かみ合わない会話を続けて結局、質問には答えないじゃないですか。恥を知れ! 恥を」
男の剣幕に周りの客たちがざわつき始めている。店員は「お客様たち」のために必殺技を超える、最後の切り札を投下することにした。
「他のお客様にとって迷惑なので、あなたは出禁です」
怒りが収まらない男はそれを聞き、さらに口撃しようとする。
「出禁ってなんですか?」
「出禁とはすなわち、あなたが長だった田舎町で受けた扱いと同じです。つまり、もう来ないでくださいということです」
※
それから数日が過ぎた。
都知事選は終わり、その男は2位で負けて広島に帰ったという。
「どうせ、また東京に戻って来るだろうな…」
店員はニュース番組を眺めながらふと呟く。
都知事選関連のニュースから切り替わり、労働問題へと話題がシフトする。
「都知事は新方針として、カスタマーハラスメント対策に尽力するという政策を打ち出す模様です。昨今、トラブルの多い顧客は、店員と円滑なコミュニケーションが成り立たない方が散見される模様で……」
仕事そっちのけでテレビに見入っていた店員は、後ろから「すみません」と声をかけられる。
彼は元気よく「いかがいたしましたか?」と振り向くと清潔感のある鋭い目つきのイケメンが立っていた。
この前とは違い、話が通じそうだと店員が思った矢先、その男は威勢よく口を開いた。
「この電球って電気が流れているんですよね? 知ってました? 電気はエネルギーなんですよ」