19. 北部へ 後日談(1)フリードの動揺
「は?」
ジェラルド達が北部から帰還した後、フリード達南部居残り組がダヴィネス城へ戻ってきた。
入れ替わって、ウォルターや別の騎士達がトップ不在の南部へと向かう。
ジェラルドの執務室で、南部・北部双方の視察の報告会が成された後、ジェラルド、アイザック、フリードの3人で、報告会には出なかった(出せなかった)カシャ・タキ関連の話の途中、フリードが目を瞠いた。
「ヴァン・ドレイクの息子…ですか???」
話は、カレンがヴァン・ドレイクの息子を助けたくだりから、ヴァン・ドレイクがカレンに会いに単身北部城塞に現れたこと、加えて息子が見送りに現れたことだった。
「そうそう。遠目だけど、顔はまあまあ似てたかな…目はソックリの金色だった…よな?ジェラルド?」
アイザックがジェラルドに投げる。
「ああ。見た目はやんちゃ坊主そのものだった。ヤツの跡取りかどうかはわからんな…ヤツの子供が何人いるのかもこちらに情報はないしな」
二人の話ぶりにフリードはますます熱り立つ。
「ザックもジェラルドも、よくそんなに冷静でいられますね!」
二人は顔を見合わせた。
「冷静って…なあ?」「ああ」
「…ちょっと待ってくださいよ、二人とも」
フリードは大きくため息を吐くと額に手を充てた。
「ヴァン・ドレイクが単身乗り込んで来たり、その息子が現れたり…しかも出来事すべてにカレン様が関わってるって、一体どういうことなんです!?」
ジェラルドは眉を上げる。
「まあ、そう興奮するなフリード」
「滅多に姿を現さないカシャ・タキの棟梁が敵地のど真ん中に、しかも単身で現れたんですよ?他の北部の報告はふっ飛びましたよ!」
フリードの鼻息の荒さは収まらない。
「出た!カシャ・タキ信仰」
「ザック!!」
フリードはアイザックの軽口が腹立たしい。
敵ながら、フリードはカシャ・タキなるものに深い敬意を抱いていることは、ジェラルドやアイザックもよく知るところだ。
「フリード、気持ちはわかるが…」
ジェラルドは極めて落ち着いた口調で続ける。
「今回、戦局には全く関係のない所で、カレンはカシャ・タキと接触した。ヤツらとの今までの関係を考えればなかなかそうは思えないだろうが…結果はアレだ」
ジェラルドは執務室の窓の外へ首を巡らす。
「……」
フリードは立ち上がると窓から庭を見下ろす。
そこでは、アンジェリーナが金の目をした狼犬の子犬と遊んでいる。
子犬はコロコロとアンジェリーナにじゃれつき、小さな枝を咥えて頭を振る。
アンジェリーナは走りながら「ヴィト!ヴィト!」と、新しい友達に夢中だ。
その様子を笑いながら見守るカレンやティム達の姿がある。
ダヴィネス城の初冬の庭には、色とりどりの枯れ葉の中に、一際温かな風景が広がっていた。
「…カシャ・タキの象徴のような狼犬を譲られるとは…まったく信じられませんよ」
フリードは驚きを持って、庭の様子を見つめる。
「カレンは“たまたま”だと言った…我らには決して手の届かないことを、彼女は当たり前のように引き寄せる」
ジェラルドもまた、庭の様子を見守る。
「ヴァン・ドレイクも引き寄せちまったけどな」
後ろから、アイザックが短剣で爪を削りながら、さらりと悪びれもせず言う。
「!」
とたんにジェラルドから剣呑な雰囲気が発せられるが、アイザックは気づかず、どこ吹く風で続ける。
「俺、北部城塞の中庭でさ、ジェラルドの後ろから弓構えてたんだけどさ、今にも姫様さらっちまいそうだったよな、ヴァン・ドレイク」
「……」「……」
「なんか、姫様もヤツに惹き付けられてたって言うか…」
「…ザック」
フリードがジェラルドを横目で見ながらアイザックに促すが、気づかない。
「やっぱあの金の目ってなんかあんのかな…」
アイザックは爪をフッと吹いて、削りカスを払った。
「ん?」
顔を上げたアイザックは、ジェラルドの重黒い雰囲気にギョッとする。
「な、なんだよジェラルドッ!」
「私が切ってやろうか…指ごとその爪を」
「!! いや、遠慮する!!」
言うが早いか、アイザックは「俺、先に鍛練場に行ってるからなっ!」と風のように消えた。
フリードは「あーあ」と額に手をあて、ジェラルドをチラリと見る。
「………」
ムッスリと黙ってはいるが、本気で怒ってはないようで、フリードは胸を撫で下ろした。
ジェラルドはいったん下を向いて、フッと笑う。
「心配するなフリード。私はヴァン・ドレイクの気まぐれには踊らされはしないし、決してカレンを離しはしない…あの子犬の金の目は、私への戒めでもある」
- 何のために戦うのか -
「頼みますよ、ジェラルド」
「…ああ。我らも鍛練場へ行くか…ザックを打ちのめしてやる」
フリードはアイザックに同情しつつも、主の一層の力強い横顔を見るにつけ、頼もしく誇らしく感じていた。