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辺境の瞳~南部へ北部へ~  作者: 鵜居川みさこ
13/20

13. 北部へ~その4~遭遇(上)

「昨晩は失礼いたしました。…これはまた素晴らしい出で立ちですな」


 いつもは厳めしい顔を崩さないローレンスだが、カレンのドレス姿に頬を緩める。


「恐れ入ります」


 今夜のディナーはローレンスとカレンとジェラルドの3人だった。


 カレンは、ダヴィネスへ来た年の年末の晩餐会で着た、ダークグリーンのシルクタフタとゴールドのレースのドレスを着ている。

 トランクにギュウギュウに詰めていた割には、そうシワになっていなくて、ニコルのパッキングの腕前に感謝する。


 ディナーは終始和やかな雰囲気で進み、これからデザートというタイミングだった。


「ダヴィネス城に比べると、ここは殺伐としておるでしょう。退屈なさるのではと思うとります」

 ローレンスがカレンを気遣う。


「いえ、今日も城内を見て回らせていただきましたが、殺伐どころかどこも品良く設えられていて、落ち着きます」

 カレンは笑みを絶やさない。


「鍛練場まで来ていたと部下に聞いたぞ」

 ジェラルドがカレンを見る。


「…ええ。散策は“大人しく”城内、と限られているので、鍛練場なら問題ないかと足を伸ばしました。思いがけずスタンレイ男爵をお見掛けしましたが、お元気そうでなによりです」

 カレンは、故意に少しの毒を会話に含ませ、ジェラルドは敏感にそれを察知し、一瞬ピタリと動きを止め真顔になった。


 ローレンスは、目の前の二人の雰囲気に「おや」と反応するが、表向きは表情は変えない。


「あの悪タレ小僧もここでは勝手はできんでしょう。しかし性根までは変えられませんな。まぁ儂もまさかアレを預かるとは予想だにせず…せいぜいカシャ・タキに首を捕られんよう見張るのが関の山ですな」

 と、呆れながらもさすがの余裕の笑みだ。


 かつて非道なやり方で小部族を陥れた張本人とは言え、やはり南部の要人として扱っている。


「苦労をかけるな、ローレンス」

「なんのなんの、この年寄りでお役に立てるならなんなりと」

 3人は笑う。


 デザートが興される。

 新鮮なヤギのミルクから作ったチーズケーキに、鮮やかな赤色のトロリとしたソースがかかっている。


「あ、これはサンザシのソースですね?」

 カレンは顔をほころばせる。

「このチーズケーキにとても合いますね…そう言えば、今日訪れた中庭に、大きなサンザシの木がありました」

 濃厚なチーズケーキはふわりと口の中で溶け、サンザシの甘酸っぱいソースが絶妙だ。


「おお、中庭にも行かれましたか。あこそは亡き妻の気に入りの場所で…このサンザシもあそこの木から採ったものです」

 ローレンスは嬉しそうだ。


「そうなのですね…可愛らしい中庭でしたわ。…そう言えば、中庭から裏手の湖へ通じる扉がありました。興味深くて思わず出たのですが…素晴らしく美しい風景でした」


「『アラハス湖』…北部の誇る壮麗な湖です」

 ローレンスは頷きながら応える。

「季節を通じて豊かな水を有し、その様は我らの心を洗ってくれております。それは小部族とて同じなのでしょう…あの湖を汚しての戦いはしたことがありません」

 確信を持った強い眼差しでローレンスは語る。


「お言葉に深く納得いたします。私も心を奪われましたもの…でも、それも一瞬でしたの」


「?」

 ローレンスはなにゆえ?という顔だ。


「私の行動範囲は『“大人しく”城内』ですので、一歩でも湖へ近づくと…今日も護衛に叱られました」


「それは…」

 と、ローレンスはジェラルドへと視線を移す。


 ジェラルドは幾分決まりが悪そうにローレンスの視線を避けた。


 カレンはなに食わぬ顔でチーズケーキを口に運ぶ。


 ローレンスは目の前の領主夫妻の様子を察した。

「はは…ジェラルド、これは弁明の余地がありますな。レディは大変活発なお方と伺っております。護衛を伴えば、城塞の周辺ならば散策や乗馬も問題はないでしょう…カシャ・タキのイタズラにそう神経を尖らせずとも」


 ジェラルドはとたんに眉を曇らせ、腕組みをした。

「…私はイタズラとは捉えてない」


「…矢文のことですな?ヴァン・ドレイクにも困ったものです…ヤツは小賢しくはあるが、好戦的ではない。あなたとの約束を律儀に守っております」


 カレンはローレンスの言葉の意味を考える。


 カレンがフリードから聞いた血判状の内容は、決してダヴィネスからは手を出さないという内容だった。

 つまり、カシャ・タキが先に手を出せば応戦はするということだ。


 先に手を出した方が負け。


「お陰で四六時中見張られてはおりますが、それはお互い様だ。たまのイタズラは想定内です」


「……」

 ジェラルドは憮然としている。


「…ジェラルド、儂はあなたとヴァン・ドレイクは、よく似ていると思うておる」


「…どこがだ。私はヤツほど無情ではないぞ」


「まあそう怒りなさんな。捕虜の一件は儂も腹立たしかった。しかしヤツも同族を守ることに必死だ。ダヴィネス軍と真正面からぶつかれば殲滅するのは火を見るより明らかなのだから」


 カレンは、ローレンスの深い言葉を噛み締めるように聞く。


「よく…似ているのですか?」

「似ていない」

 カレンは、ヴァン・ドレイクなる人物に興味が湧くが、ジェラルドが即座に否定する。


 カレンはなんだか可笑しくなる。

 なぜなら、ヴァン・ドレイクの話になるとジェラルドは珍しく感情的になるから。


 カレンは思わず笑いをこらえ手で口を押さえた。

 ローレンスと目が合う。

 ローレンスも口許が笑っている。


「…例の矢文の内容ですか?ジェラルド」

 ローレンスが食後のお茶を飲みながら、ゆっくりとジェラルドに尋ねた。


 ジェラルドは大きなため息を吐くと、髪をかき上げた。

「そうだ」


「しかし北部視察の際は、必ず毎回矢で挨拶をしてくるでしょう」


 アイザック卿もそう言っていた。

 しかし毎回あのような緊張感を強いられるのならば、それはジェラルド達に大いに同情する。


「ああ。しかし今回は明らかに違った」

 と、髪をかき上げたまま、カレンを見る。


 え?


「カレンを狙ったんだ。あと僅かにずれたら当たっていた。しかし巧妙に“少し外れる”ように射てきた」

 まったく姑息な…とジェラルドはウンザリした様子で息巻く。


「カシャ・タキの弓技は驚異的ですからな…針の穴にでも正確に射るでしょう」

 ローレンスは胸の前で手を組んだ。視線はどこか宙を見ている。


 確かに、フードに穴は開いたけど…。


「しかもご丁寧に矢文ときた」

 ジェラルドが吐き捨てるように呟く。


 カレンは、聞こうか迷うが、思いきって気になることを聞くことにした。今回の行動制限は、恐らくいや絶対に矢文の中身が関係している。


「その…矢文の中身は…?」


 ジェラルドとローレンスが視線を合わせる。


「ジェラルド、レディに話しとられんかったのですか」


「…ああ」


「ああ、それで納得がいきましたよ。レディの少し毒を含んだ物言いが」

 ローレンスは微笑む。


 ジェラルドは額を押さえた。


 さすがのジェラルドも、老ローレンス卿には敵わないらしい。

 幼い頃のジェラルドを導き、領主の様を見守る親代わりのような存在には、ジェラルドも弱いのだ。


「レディに説明すべきですぞ。でないとレディを閉じ込める説明がつかない」

 ローレンスは冷静に言うと、またお茶を一口飲んだ。


「…わかった。カレン」

 ジェラルドはカレンに目線を移した。


「はい」


「矢文には、こう書いてあった…『ужфёй лббйна дёфст』」


「え?」

 聞き慣れない言語だ。


「ジェラルド、きちんと訳さねば」

 ローレンスが呆れる。


 ジェラルドとローレンスは、敵であるカシャ・タキ達の言葉にも通じている。


「『おまえのコズミ・マタに気をつけろ』」

 ジェラルドはぶっきらぼうに言うと、不機嫌そうにプイと顔を背けた。


 …まるで駄々っ子みたい。

 カレンも呆れるが…『コズミ・マタ』???

 なんのことだろう?


 ローレンスは、ジェラルドの態度にやれやれと息を吐く。

「まったく領主の態度ではありませんぞ、ジェラルド」

 そしてカレンに向き直る。

「…レディ、『コズミ・マタ』とは、カシャ・タキら小部族の古の言語で『宝石』という意味です」


「宝石…?」


「さよう。ヴァン・ドレイクは珍しく意思を示した。しかもジェラルドに向けてハッキリと…ーお前の宝石に気をつけろーと」

 ローレンスはカレンを見つめる。

 老騎士の瞳は、冬の夜空を思わせるような深さだ。


 ー お前の宝石に気をつけろ ー


 お前の宝石…ジェラルドのってことよね。

 カレンは少し考えてハッとする。

「まさか…アンジェリーナ!?」


 ローレンスは否定の意味で、大きくゆっくりと首を振った。


「あなただ」

 答えたのはジェラルドだった。


 ジェラルドは真正面からカレンを真っ直ぐ見つめる。

 深緑の瞳が鋭い光を宿す。


 カレンはドキリとする。

「私?…ですか?」


「嫌な予感は当たるものだ…ヤツはあなたに目を付けた。その上で私を煽ったんだ」


 カレンは何のことかよくわからない。


「私…ヴァン・ドレイクに会ったことはありません」

「ヤツはダヴィネス中に間者を放っている。それらはすべてヤツの目であり耳なんだ。ヤツ自身は滅多に人前には出てこないが…しかしどこかであなたを目にした可能性は否めない」

「ジェラルド様、嫌な予感って…だから私は騎士の姿で?」

「そうだ」

「でも、宝石???」

「こればかりは言い得て妙だな。あなたは私の宝石に他ならないのだから」


 ジェラルドは至って真面目に答えるが、カレンは自分が宝石に例えられて、ああそうですね、とは同意できない。


 恥ずかしさのあまり思わず俯いた。


「これでジェラルドの行き過ぎた閉じ込め作戦にもご納得いかれたかな?レディ?」

 ローレンスが間に入ってくれるが、カレンはとてもまともには答えられない。


「あの…はい、いえ…なんて申し上げたらいいのか…」


「まぁ、だからと言うて、ヴァン・ドレイクがレディをさらいに来るという訳ではない。そんなことをすればどのような目に遭うかは、それこそそこら中に散らばった間者の話から聞き及んでおるだろう」


「しかし、警戒は怠りたくはない。用心はしたいんだ」

 ジェラルドは頑なだ。


「…私、ずっと閉じ込められるのは、イヤです」

 滅多に来ることのできない北部まで来たのだ。もっと北部を知りたい。


 カレンはジェラルドを見る。

 ジェラルドはカレンの薄碧の瞳に見据えられて「うっ」となるが、それでも負けてはいられなかった。



 その後、カレンとジェラルドは、ローレンスも苦笑するほどの細かな攻防の末、いくつかの条件の下ならば…という絶対的な約束付きでカレンの外出は認められた。


 ・


「ここから、少し急になります」

 ノイエがカレンへ促す。


 カレンは頷く。


 カレン、ノイエ、ネイサン、そして北部の射手隊のエースのショーティの4人で、北部城塞近くの山の散策をする。



 当初、ジェラルドからは最低でも5人は護衛を付けろと言われたが、粘りに粘って3人で了承してもらった。


 単なる散策にゾロゾロとご大層に護衛を付けるのはどうかと思ったし、護衛に付く騎士達の仕事を増やしたくない。


 ジェラルドは不承不承なので、朝からご機嫌ナナメで、ぐずくずするとジェラルド本人が付いて来そうな気配さえ感じたので、カレンは早朝からさっさと山の散策へ出掛けた。



 カレンは動きやすいよう、また不測の事態にも備えるために騎士のトラウザーを履き、上はブラウス、そしてキャロルに穴を繕ってもらったマントを羽織っている。

 念のために短剣を携え、背中にはダヴィネス城のエルメ卿にもらった弓と矢筒を背負った。


 最近山へは入っていないので息が上がるが、しっかりとした足取りでノイエ卿についていく。


 朝の、濃く冷涼な空気が気持ちいい。

 森の木々の間から差し込む日差しが、足元に明るい影を落とす。


 急な坂をしばらく登ると、ふいに開けた場所へ出た。


「わぁ…」

 カレンは思わず感嘆の声を上げた。


 どっしりと佇む北部城塞の向こうに、青緑のアラハス湖が見える。

 白灰色の城塞との対比が美しく、朝日を浴びた湖面はキラキラと輝く。


「…素敵」


「少し休憩にしましょう」

 ノイエに言われて、カレンは景色を眺めるのにちょうど良い、程よい大きさの岩に腰掛けた。


 カレンは息も上がり汗ばんでいるが、3人の騎士はさすがに息さえ乱れていない。

 3人は辺りへの注意を怠らない。


 付き合ってもらっている感満載だが、カレンはこの素晴らしい風景を堪能しようと割りきった。


 …本当に綺麗。


 ローレンス卿は心が洗われると言っていた。本当にそのとおりだ。

 本格的な冬になると、一体どんな景色になるのだろう。辺りは雪で真っ白で、湖の向かいの赤松にはその枝枝に雪が降り積もるのだろう。その姿を湖面に映して…と、想像が膨らむ。


「?」

 カレンは微かに子供の声が聞こえたような気がして、辺りを見回した。


「問題ないです。この先を少し下ったところで子供達が胡桃を採ってます」

 ショーティが誰ともなしに報告する。


 同じく子供の声を聞いたであろうノイエとネイサンは黙って頷く。


「…胡桃が採れるの?」

 カレンはショーティに聞く。


「ええ。ここら辺りは大きな胡桃の木が群生していて、村の者達もよく出入りしてますよ」


 ふうん…胡桃か…


「ねぇネイサン、私も胡桃を採ってみたいのだけれど…」

 実家のストラトフォードの領地には胡桃の木はなかった。

 ダヴィネス城の近くにも胡桃はない。

 でも食卓には並ぶ。ということは、胡桃は北部の特産品だ。


 アンジェリーナは木の実を拾うことが好きで、ダヴィネス城から少し離れた森ではピクニックがてら木の実拾いをしている。

 胡桃の硬い殻に包まれた形を見ると喜ぶかもしれない。

 しかし、カレンは純粋に好奇心が湧いていた。


「…レディ、お土産は別で用意してもらいましょう」

 ネイサンが諌める。


「そうなんだけど…“私が”採ってみたくて…ダメかしら?」


 ネイサンはノイエとショーティを見る。

「構わないでしょう」

 ノイエはごく普通に答えた。


 北部のことはネイサンでは判断がつきかねるので、ここは北部の騎士の判断に任せた。


 カレンは、再びノイエの後について、来た道とは別の道を少し下った。


「あ!ノイエ卿とショーティ卿だ。おはようございます!」


 胡桃の木の群生地に着くと、村の男の子二人が、籠にせっせと胡桃を拾っている。


「おう、精が出るな」

 顔見知りなのだろう、ノイエが気軽に答える。


「ちょっと邪魔するぜ」

 ショーティも答える。


「うん!…あれ?その人…もしかして領主様のおくさま?」

 男の子の一人が、カレンを見て聞いてきた。


「おはよう。二人とも朝から偉いわね…少しお邪魔して、私も拾っていいかしら?」

 カレンに話しかけられると、とたんに二人はもじもじし出した。


「う、うん。どうぞ…いっぱい落ちてるし…な?」

「…うん」

 二人はさっきまでの元気はどこへやら、な様子だ。


 カレンは二人を微笑ましく見る。

 やはり、北部人は人見知りなのだ。かわいい。


「おくさま、すげーキレイだな」「うん」

 二人はコソコソと話す。


「おい坊主達、奥様に失礼の無いようにな」

 ノイエに言われ、二人はピッと改まる。

「は、はーい!」


 二人の様子に、カレンはクスクスと笑った。



 そこら中に胡桃の黒い実が落ちている。

 これは拾いがいがありそうだ。

 カレンは早速しゃがむとひとつの胡桃を手に取った。


「あ、それは虫が食ってるからダメだよ。これはいいよ」

「あらそうなのね、ありがとう」


「おくさま、こっちにもいっぱいあるよ」

「あ、はーい」


 さっきまで照れていた男の子達は、率先してカレンの胡桃拾いを手伝ってくれる。

 なんだか頼もしい。


 ノイエ達は相変わらず周囲に注意を払っている。


 あまり長居はしちゃだめね。


 カレンは20個程をマントのポケットにしまうと立ち上がった。


「…もういいの?」

 男の子のひとりが話す。


「ええ。籠もないし…私の娘はまだ小さいから、これ位でいいのよ」


「ふーん。でもおくさまも食べるだろ?胡桃は殻ばっかだから、それっぽっちだと食べるとこちょびっとだよ…俺たち、後で城まで届けようか?」


 すごい。しっかりしてる…大人顔負けね。


 カレンは苦笑した。

 見ると、ノイエ達も笑っている。


「奥様、ぜひ坊主達を頼ってください。大きくて旨い胡桃を持ってきますから」

 ショーティが男の子達の援護をしてくれた。


「ふふ、そうね。じゃあお願いしてもいいかしら?」


「「うん!」」

 二人は嬉しそうににっこりとして答えた。



「さ、そろそろ山を下りましょうか」

 ノイエがカレンを促す。


「そうね」


 !


 カレンは立ち上がろうとしたその時、何かポトリと背中に落ちてきた。


 ? 胡桃かしら?


 見上げると、大きな胡桃の木の葉が折り重なっている。


「レディ?」

 ネイサンがカレンを振り返る。


「今行くわ」


 !


 まただ。

 また背中にポトリと落ちてきた。


 カレンは、ひたすらにハテナ?と思うが、胡桃ならば仕方ない。

 でも偶然にしては…

 不思議に思いつつ、一歩、歩きだした時だ。


「クス」


「???」


 カレンは大きくバッと振り返り、素早く辺りを見回した。


「どうされましたか?」

 ネイサンがカレンの様子を不審に思い、近づいた。


 カレンはネイサン、ノイエやショーティの様子を伺うが、聴こえていないようだ。

 というか、気配さえ感じていないらしい。


 その時、胡桃拾いの男の子のひとりが声を上げた。

「あ!!あいつ、またいる!」


「「「!?」」」


 護衛3人に、一斉に緊張が走る。


「なんだ坊主!誰がいる!?」

 ノイエが叫ぶ。


「あそこだよ!木の上!」

 と、少年のひとりが一際大きな胡桃の木の上を指差した。

 その先には…


 胡桃の大木の上方、幹のひとつに片足を垂らして座る少年…髪はボサボサで、獣の毛皮を羽織り、矢筒を背負っている。その顔付きはまだあどけなさを残すが、眼光が野生のそれだ。


 ショーティが即座に弓を構える。


「待って!」

 カレンはショーティを手で制した。


 …まさか、もしかして、カシャ・タキ?


 そうならば、カレンは初めて彼らに接することになる。

 敵意は感じない。


「あなたなの?私に胡桃を落としたのは」

 カレンは試しに話しかけてみる。


「θκξνν」


 少年は何か呟くが、カレンには聞き取れない。


「え?」


「そうだよ。あんたが胡桃がほしそうだったから」


「そう…」


「レディ!」

 後ろからネイサンの慌てる声がする。


「あいつ、しょっちゅう俺らを見張ってるんだ!いっつも笑ってる。な?」

「うん」

 胡桃拾いの少年達は敵意をはらんでいる。


「お前ら、ノロノロしてる」

 カシャ・タキの少年は野性的な鋭い目のまま、二人の少年にさらりと言い放った。


「なんだと?」

 胡桃拾いの少年のひとりが、側に落ちる石(もしかして胡桃?)を拾うと、カシャ・タキ少年目掛けて投げた。


 しかし石は大きく外れ、胡桃の木の間へポソリと落ちる。


「やっぱりノロい」

 カシャ・タキ少年はカラカラと笑う。


「こっの…!」

 少年二人は顔を真っ赤にして、次々と石(胡桃)を上方へ投げ始めた。


「こら!やめろお前ら!」

 止めたのはノイエだった。


「でも!」

「いいから止めるんだ!相手にするんじゃない」

 ノイエは子供達を窘める。


「…ノロマは相手にしない」

 カシャ・タキ少年は吐き捨てるように言うと、まるで森の獣のように、身軽に枝から枝へと飛び移った。


 …すごい…

 カレンは呆気に取られる。


「あ!待てよ!!」

 と、少年のひとりが追いかけようとする。


「こら待て!追うんじゃない!」

 ノイエの手をすり抜け、少年は森へと走り出した。


「あ!?レディ!?」

 ネイサンがあっと思う間もなく、カレンはカシャ・タキを追う胡桃拾いの少年を追っていた。

 いや、正しくはカシャ・タキの少年を追っていた。


 もっとあの少年と話してみたい。


 カレンの興味の矛先は、確実にカシャ・タキへと向かった。

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