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辺境の瞳~南部へ北部へ~  作者: 鵜居川みさこ
12/20

12. 北部へ~その3~北部城塞

 森を抜けたその先、突如開けた場所に出たかと思う間もなく、前方にはいかにも堅牢な塁壁に囲まれた、堂々たる北の砦…ダヴィネス軍北部城塞…が姿を現した。


 カレンは厳しくも鋭い美しさの城塞に息を呑む。


 城門の前には、北部の騎士団と兵士達が、キッチリと列を成し、ジェラルド一行を出迎える。


「ジェラルド、お待ちしておりました」


 列の先頭には、北部をまとめるローレンス卿が騎士の礼を取っている。


「出迎えご苦労、ローレンス。息災にしているか、皆も元気か」


 すっかり平常モードに戻ったジェラルドが、領主の顔で挨拶をする。


「はっ。ありがとう存じます。皆息災にしております」

 落ち着いた雰囲気の老騎士は、硬い雰囲気を崩さない。


 しかし、ジェラルドの少し後ろに控えるカレンへと視線を移すと、その鋭利な眼光が緩んだ。

「レディ、ご無沙汰しております。領主夫人の北部への初のお越し、大変嬉しく存じます」


 カレンはフードを外した。

「ローレンス卿、お久しぶりです。この度はお世話になります」

 髪は乱れた騎士姿だが、カレンは笑顔でローレンスに答えた。


 北部の騎士達がザワめく。


 と、ローレンスがくるりと振り向くと、ザワめきがピタリと止んだ。


 …すごい。効果絶大だわ。


 絶対的な規律に、カレンは驚く。


「このような最北のひなびた所ではございますが、どうかごゆっくりとお過ごしくださいませ」


「ありがとうございます」


 一行は騎乗したまま城門をくぐり、城内へと馬を進める。


 全員が入ると、後ろで城門の格子が重い音を立てて閉ざされる。


 カレンは何もかも南部とは真逆の様相に、キョロキョロと見回してしまう。


 遥か高い塁壁には見回りの兵士が幾人もおり、常に外部の様子を伺っている。


 広大な城塞内はひとつの村のようになっており、人々の顔は明るい。

 控え目ながらも、ダヴィネス領主の訪れを精一杯歓迎してくれているのが感じられ、カレンは数日ぶりに温かな気持ちになった。


「今は冬の蓄えを終えて、一息ついております」

 人々の様子を馬上から熱心に見ているカレンへ、ローレンスが説明してくれる。


「長い冬の蓄えは大変ではないですか?」

 カレンは素朴な疑問を口にした。


「そうですな、皆よくまとまり、よく働きますので、私も頼もしく感じております」

 ローレンスの誇らしそうな顔を見るにつけ、カレンは北部人の気概の高さを感じる。


 ローレンス卿は子爵の爵位は持つが、質素倹約をモットーとしているとのことで、無駄なく整えられた城内へと案内された。


 ジェラルド達はすぐに会議となり、カレンは客間へと案内された。


「私が奥様のご滞在のお手伝いをいたします、ノイエと申します」

 長身でスッキリとした顔立ちの騎士がカレンへと挨拶をした。


「ありがとう、ノイエ卿。よろしくお願いいたします」


「はっ。こちらが侍女の妻のキャロルでごさいます」


「奥様、なんなりとお申し付けくださいませ」

 ノイエ卿の奥方のキャロルは、小柄でふくよかな体型に粒らな瞳の、とても可愛らしい女性だ。


「ありがとう。お世話になります」

 カレンは微笑む。


 すると、キャロルはぱっと頬を染めてはにかんだ。

「は、はいっ」


 カレンはその反応を微笑ましく見る。

 どうやら、北部の人は南部とは異なり、控え目で慎ましやかな気質らしい。


「他にも侍女はおりますが、今は夕食の準備でで忙しくしておりまして…おいおいご紹介いたします」

 ノイエの言葉にカレンは頷いた。


「今は城内はどなたが采配されているのですか?」

 ローレンス卿の奥方は随分前にお亡くなりになったと聞いている。


「今は、メイド達と…たまに来られるローレンス卿のご長女のアン様がなさっておいでです」

 なるほど。しかし確かレディ アンは遠方の伯爵家へ嫁がれていると思ったが…カレンの疑問の顔を見て、夫の言葉に付け加えるようにキャロルが囁く。


「アン様は…ご婚家の家風が合われなかったようで…」


「キャロル」


「あ、はい」


 ノイエが妻を諌めた。


「ごめんなさい。立ち入り過ぎましたわね」

 カレンは来て早々の無礼を詫びる。


「いえ!奥様の疑問はごもっともです」

 ノイエが恐縮する。

 …なんというか、ノイエ卿とはまだ目が合わない。少しばかり人見知り?のような印象を受けるが、悪い人ではないようだ。


「こちらが奥様のお部屋です。後はキャロルへお申し付けくださいませ」

 と言うと、ノイエは礼をして颯爽と去った。


 古の騎士を見るようだわ…。

 カレンは、レディの部屋へは一歩も入らないノイエに感心した。


 部屋は暖炉に火が入れてあり、温かな空気が心地好い。


「奥様、お荷物は…これだけですか?」


 トランク2つの荷物が部屋に運ばれており、キャロルは驚いている。


「ええ。今回は騎乗での移動だったし…、荷物は最低限と言われたので」


 キャロルはまあ!と驚いた。


「そうだったのですね…だから騎士のお姿で…」


「ええ。乗馬は好きだから苦ではなかったけれど、さすがに夜は寒くて」


「それはそうです。すぐにご入浴の準備をいたしますわ…!…ご不便をお掛けしました」

 キャロルは申し訳なさそうだ。


「いえそんな、私、北部に来ることができてとても嬉しいの」

 これは本音だ。ダヴィネスのことを知るには、やはり領地内を隅々まで訪れるに越したことはない。


 キャロルは、共に荷ほどきをするカレンの横顔を見つめた。


「ここは特段何もございませんが、それでも私達の愛すべき古里です。少しでも奥様にお喜びいただけるよう努めます!」


「ふふ、ありがとう、キャロル」


 互いに微笑み合う。


 カレンは、北部で気の許せそうな相手を見つけ、ホッとした。


 荷ほどきを済ませ、入浴の準備を待つ間、カレンは熱いお茶を飲んでいた。

 そう言えば…と、ふと思い、部屋をぐるりと見回す。


 この部屋は、明らかに婦人の一人用の部屋だわ。

 …ジェラルドのお部屋は近いのかしら…?


 貴族の邸では、当主夫妻の寝室は別々のこともままあるので、そのこと自体は驚かないし、北部の流儀があるならそれに従うつもりだ。


 ただ、カレンはジェラルドと寝室を分けていたのは、ダヴィネスに来た当初だけで、自室はあるにしろ、夜はジェラルドと一緒に主寝室で過ごしている。


 ダヴィネス城では、時に互いに行ったり来たりが楽しいし、こだわりも全くない。

 今ではそれを気に止める使用人もいないが、ここでは違うだろう。

 それはキッチリと寝室を分けられた時点でも察するのは容易だった。


 カレンは、これも熱々の寝室(巨大ベッド)を準備された南部とは大きく異なる点だ、などと思う。


 カレンはふむ…と考える。

 私、一人で眠れるのかしらね…


 *


 カレンは、寝室に備え付けられた浴室で、熱いお湯に浸かっていた。

 北部の浴室は温度が下がらないよう工夫されており、同じ理由でかなり狭いが、湯気が浴室全体を包むと、とても気持ちがいいことがわかった。

 キャロルが用意してくれたサシェには、岩塩と北部の渓に咲く芳しい花のポプリが詰められており、お湯に浸すと湯気とともに瑞々しい花の香りに満たされる。

 しかもお湯に溶けた岩塩は温浴効果を高め、湯上がりの体の冷えを防ぐそうだ。


 これは持って帰りたい。

 …というか、もしかすると何か北部の役に立てるかも知れない。


 カレンは折を見てキャロルに言おうと心内で誓った。


「奥様、お湯加減はいかがですか?何かお手伝いいたしましょうか?」

 扉の外から、キャロルが声を掛けてくれる。


 あまりにも気持ちが良くて、長湯をしたかも知れない。


「もう出ます」


 カレンはバスローブを羽織ると浴室を出た。


 *


「…さま、…奥様?」


 カレンはハッと目覚めた。


 どうやらキャロルに髪を乾かして貰う間、気持ち良くてつい居眠りをしていたらしい。


「ご、ごめんなさい!私、眠ってたのね…!」


「いえいえ、お気になさらないでくださいませ…ここに来られるまでの強行軍でお疲れなのですわ」


 確かに睡眠はあまり取れてない。

 しかしこの後にローレンス卿とのディナーを控えている。


 ここ北部では、南部のように騎士や兵士全員と食事をともにすることはないらしく、階級でキッチリ分けられているとのことだ。


 カレンは、持ってきた数少ないドレスのどれを着ようかと思うが、眠気のせいか、ボーッとしてしまう。


 そこへ、ノックの音がした。


 キャロルが出るとノイエ卿で、ジェラルドとローレンス卿達の会議が長引き、カレンとのディナーに間に合いそうにないとのことだった。


「奥様、こちらにお食事をお持ちいたしましょうか」


 キャロルは気遣ってくれるが、カレンはとにかく眠かった。

「悪いけど、私はすぐに寝ます」

「かしこまりました」


 カレンは寝着に着替えると、そのまま床についた。


 あ…ジェラルド様のお部屋、聞くの忘れた…


 眠りながらカレンは思うが、眠気には勝てず、そのまま意識を手放した。


 ・


「……?……」


 翌朝、カレンはパチリと目を覚ました。


 …どこ…あ、北部の……ん?


 カレンはゆっくりと身を起こす。


「あれ…?」


 昨日の部屋とは違う。

 どういうことだろう。


 カレンは起き抜けの回らない頭で考えようとするが、謎が深まるばかりだ。

 ボーッとしていると、ガチャリと浴室の扉が開いた。


「目が覚めた?」


 ジェラルドが入浴を済ませたらしい。

 バスローブ姿で、タオルで髪の雫を拭いながら、浴室から出てきた。


「…ジェラルド…」


 ジェラルドはそのままベッドへ腰掛けるとカレンの頬へおはようのキスをした。


「おはようカレン…ぐっすりだったな。疲れは取れた?」


 カレンはまだ事態が飲み込めない。

「おはようございます…ジェラルド」


 ポカンとしたカレンの顔を見て、ジェラルドが笑う。


「私が運んだんだ。浴室で繋がってはいるが…寝室を分けることは受け入れ難い」


 と、カレンの小さな顔を両手で包むと、ふわりと覆うようにキスをした。

 ジェラルドの濡れた髪の毛が顔に当たり、くすぐったい。


「…はい」

 カレンは運ばれたことすら知らない。

 しかし、安心した。


「私はこれから朝食を兼ねた朝儀だ。あなたとはまたディナーの時まで会えないが…」

 ジェラルドはカレンの顎をつまんだ。

「城塞内で大人しく過ごすように、カレン」

 諭すように告げる。


 カレンはジェラルドの言葉に、はてと疑問が浮かぶ。

 いつもは“ゆっくりしてて”とか“好きにしてて”と言うジェラルドが、“大人しく”とは初めて聞いた気がする。


「………はい」


「…ん?なんだ?今の間は??」

 ジェラルドの瞳がキラリと光り、カレンの顎を気持ち強めにつまむ。


「いえ、ごめんなさい、わかりました」


「カレン?」


「だ、大丈夫です。“大人しく”しています」


 ジェラルドはふむ、と頷くと、微笑んでカレンを抱き締めた。

 カレンはジェラルドから、僅かだが緊張を感じる。


 …やっぱり、昨日の矢のことがあるのかしら…。


 しかしジェラルドからは何の説明もないままだった。


 ・


「本当にビックリしたんです」


 朝食の給仕をしながら、キャロルが話す。


 話はこうだ。

 夕べ遅くに部屋に戻ったジェラルドは、カレンがいないことがわかると、血相を変えたと言う。

 そして物も言わずに眠るカレンを寝具ごと抱きかかえて、自らの寝室へと運んだとのことだった。


「あの…ごめんなさい。私達、寝室を分けるのには慣れてなくて…」

 カレンはしどろもどろになる。


 キャロルはお茶を注ぎながら、粒らな瞳を細めてクスクスと笑った。

「いえ!お噂は本当だったんだなって、納得したので大丈夫です!」


 カレンは“噂”の内容は聞かないことにして、染まった頬をごまかすようにお茶を飲んだ。



 ジェラルドの「大人しく過ごすよう」という言い付けもあったが、城塞内であれば問題ないということなので、カレンは気の赴くままに城塞内を散策することにした。


 ふと窓から外を見ると、霜が降りており、北部の冬の訪れの早さを感じる。

 そんな中でも、城前の広場では子供達が元気に走り回っており、カレンは微笑ましく眺める。


 …アンジェリーナ、いい子にしてるかしら…


 カレンは、ダヴィネス城の我が子を思い出す。



 キャロルに案内されて、まずは城内を見て回る。

 どの部屋も決して華美ではないが品良く整えられており、ローレンス卿の教えが徹底していることを感じる。


 鍛練場では、北部の騎士や兵士に混じって、ダヴィネス城の騎士も幾人かおり、互いに剣を振るっていた。


 あれ…?


 カレンは目を凝らす。

 木剣をかざす騎士の中に、ある人物を認めた。

 …もしかして、スタンレイ男爵?じゃない?


 南部で別れてから1ヶ月は経つ。

 ランドールは早々に北部へ移されたと聞いている。


 少し、痩せられたかしら。


 綺羅綺羅しい見た目は変わらないが、力強く剣を振るう姿はカレンが初めて目にするものだった。

 どうやら真面目に勤めているようだ。


「スタンレイ卿ですか?」


 横からキャロルが指摘する。


「え、ええ。お元気そうね」


 キャロルはフゥとため息を吐いた。


「元気も元気。鍛練は…今ではあの通り真面目になさっていますが、当初はお客人気取りでワガママなので困りました。でもローレンス卿が目を光らせていて」

 と、イタズラっぽく笑う。

「大人しくなさっているようですよ。ただ、あの通りの見た目と人懐こさで、メイド達が姦しくて…」


 あぁ、人たらしの悪魔はやはり健在なのだ。

 カレンはやれやれと呆れる。

 しかし、思ったよりは北部でうまくやっているらしい。

 カレンは安堵した。


 カレンは外へ通じるアーチ型の扉に気づく。

「ここから外へ?」


「はい。中庭に通じています。出てみられますか?」

 キャロルが扉を開けてくれた。


「まぁ素敵…!」


 決して広くはないが、サンザシやナナカマド、白樺の間に小路、そしてベンチが設えてあり、いかにも北部のすっきりとした、しかしかわいらしい空間だ。

 今は白樺の葉が赤や黄色染まり、次々と落ち、まるで絨毯のように敷き詰められている。


「お天気が良ければ、こちらでお茶もよろしいかと」

「そうね」

 滞在中にぜひ実現させたい。


 カレンはベンチに腰掛けた。

 少し気温は低いが、悪くない。落ち着く空間だ。


「?」

 カレンは座った位置から見える、中庭の先の壁…下方に古びた扉を見つけた。

 立ち上がりそこまで歩く。


 白樺の木立を進むと扉の前に立った。

 錠はこちらから掛けてあり、容易に開きそうだ。

 カレンは深くは考えずに閂を抜いた。


「あ!奥様、そちらは…」


 ギィという軋んだ音とともに、扉を押すと、そこには青緑の湖面が静かに広がっていた。


「わ、あ…!」

 カレンは目を奪われた。

 一歩、二歩と歩みを進める。


 なんて綺麗なの…

 湖面は僅かに波立ち、青緑の水面は神秘的に佇む。向こう岸は赤松の林だ。

 どこまでも透き通る景色に、カレンは心を奪われた。


「レディ、そちらは城外です。すぐにお戻りを」


 無粋な声がカレンの思考を遮った。

 振り向くと、ネイサンがノイエ卿とともに立っている。


「城外って…湖よ?」


「はい…しかし城外となりますので、お戻りくださいませ」

 ネイサンは杓子定規に答える。


 なんだというのだろう。

 城外と言っても、たかだか一、二歩だ。少し大袈裟ではないか。


「ネイサン、ジェラルドから何か言われたの?」

 カレンは聞いてみる。


「いえ。ただレディの行動範囲は城の中だけ、と伺っております」


 城の中だけ……なぜ?なぜここまで行動範囲を狭めるのだろう…


「……わかりました」

 少しの間の後、カレンは静かに答えた。

 ネイサンが分かりやすくホッとしている。


 ここでネイサンを困らせても無駄だ。彼はジェラルドに従っているだけなのだから。


 カレンは大人しく中庭へと戻った。


 ノイエ卿とキャロルは複雑そうな顔をしている。

 私へのあまりの過保護ぶりに驚いているのかも知れない。



 私は北部へいる間中、ここへ閉じ込められるのかしら?…ジェラルドに訳をきかなければ。


 カレンは今夜のディナーの後にでも、ジェラルドに直談判の心づもりでいた。

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