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辺境の瞳~南部へ北部へ~  作者: 鵜居川みさこ
11/20

11. 北部へ~その2~矢文の出迎え

 平原~林~丘~谷あい~…

 北部へ近づくにつれ、荒涼とした景色に移り変わり、気温が急激に低下する。

 カレンはマントを目深にかぶり、遠目には細身の騎士にしか見えない出で立ちだ。


 ダヴィネス城を出て2日間、数時間の睡眠と馬の休憩を除き、ほぼ馬上で時を過ごす。


 今は、最後の仮眠を交代で取っていた。


 周りには常に複数人の騎士がおり、さも自然を装ってカレンを護衛する。


「寒くないですか?カレン様」


 焚き火の側で、毛皮の敷物の上に寝転がるカレンを気遣い、ネイサンが声を掛ける。


「ありがとうネイサン。焚き火が近いから大丈夫よ」


 しかし、かなり底冷えがするのでなかなか寝付けない。


 と、ジェラルドが側に来た。


「ネイサン、済まないが私も仮眠を取る。頼んだぞ」

 言うなり、寝転ぶとカレンを背中から抱き締めた。


 ふわりと暖かさに包まれる。

「…ジェラルド…」


「しっ。今眠らないと後がキツい。おやすみ、カレン」

 チュッと後ろから頬に口づけた。


「…はい、おやすみなさい」


 カレンの体にジワジワとジェラルドの体温が移り、カレンは安堵とともに、いつの間にか眠りについた。


 カレンの規則正しい寝息を確認すると、ジェラルドも目を閉じた。


 …ヴァン・ドレイク…

 ジェラルドは目を閉じたまま、カシャ・タキの棟梁のことを苦々しく考えた。


 北部において、もっとも歴史がありそしてもっとも強く誇り高き一族、カシャ・タキ。

 その現棟梁のヴァン・ドレイクは、ジェラルドの天敵とも言えた。


 ヤツに最後に会ったのは、辺境伯を継ぎ数年経った頃…北部の山合だった。


 豪雪に見舞われた行軍の最中、互いの捕虜の交換の場だ。


 ダヴィネス軍にとって圧倒的に不利な条件下、ジェラルドとヴァン・ドレイクは対峙した。

 背後には互いの部下が弓を構えている。


 しかし、数年前の血判状の約束があり、ダヴィネス軍から攻撃を仕掛けることはできない。


「ヴェガ・ダヴィネスよ…我らに斥候とは…お前もまだまだ手ぬるいな」


 “ヴェガ・ダヴィネス”

 ダヴィネスの獣…これは北部の小部族間におけるジェラルドの呼び名だ。


 ヴァン・ドレイクはジェラルドより数年の後に棟梁を継ぎ、その実力は前棟梁を凌ぐと言われていた。


 凍った風雪に靡く銀の長髪と鋭い金の瞳を持つ姿は、遠く狼を始祖とするカシャ・タキの象徴と崇められていた。

 しかしその左腕は、ランドールの仕掛けた戦いで失っている。


 血判状の場には、血を滲ませた包帯を巻いたヴァン・ドレイクも同席しており、血判状にはジェラルドとヴァン・ドレイク…当時の互いの跡取り…の血でもって約束が交わされたのだ。


 ヴァン・ドレイクの背後では、数頭の巨大な狼犬が唸りを立てる。


「お前の部下も時にやらかすことは記憶に新しい」

 ジェラルドが応じる。

 捕虜のカシャ・タキの間者は、木から落ちた所を兵士に捕まった。


 ジェラルドの合図でカシャ・タキの間者は連れて来られた。手枷をされてはいるが大した怪我はなく、周りのダヴィネス軍を睨み付けている。


「フッ、しかしお前は手出しはできんぞ。無念だな…それ、荷物を返そう」

 ヴァン・ドレイクは顎で捕虜を連れて来るよう合図をした。


「!!」


 ダヴィネス軍は全員息を飲む。


 カシャ・タキの兵士に連れられて来たのは、両手を切られたダヴィネス北部の兵士だった。

 顔色はなく、もはや虫の息だ。


 ジェラルドはヴァン・ドレイクを睨み付ける。


「おっとヴェガよ、あまり強い気を放つな、犬達が興奮する」

 ヴァン・ドレイクは狼犬を撫でながら、ゾッとするような冷たい笑みを浮かべる。


「ジェラルド!射弓を命じろ!!」

 背後で弓を構えるアイザックが叫ぶ。


「黙れザック!!」

 同じく弓を構えるフリードがアイザックを制した。


「せいぜい後悔するといい…ヴェガ、いつかお前の最も大切なものを奪ってやる」

 ヴァン・ドレイクは金の瞳でジェラルドをひと睨みすると、黒斑点の入った白テンのたっぷりとした毛皮のマントを翻し、雪深い森へと消えるように、その場を去った。


 …最も大切なもの…


 ジェラルドは、腕の中の小さな温もりをしっかりと抱き直した。


 ・


 北部へと向かう最後の1日。

 馬を走らせっぱなしの強行軍だ。


 森の中の小川の側で馬を休め、一行はしばしの小休憩を取っている。

 カレンは簡易のカップから、水をコクコクと飲んだ。


 冷たくて美味しい。

 疲れはさほどなく、北部の冷涼な空気が気持ちいい。


「カレン、大丈夫か」

 ジェラルドがカレンの頬に指をなぞらせ、隣に座った。


「はい。問題ないです」


 カレンの騎士のような答え方にジェラルドは苦笑しながら、カレンのフードを手ずから深く被り直させる。


「あと少しで北部領内へ入る。ローレンスが首を長くして待っているぞ」


「はい」

 カレンは笑顔で答え…と、ジェラルドとアイザック、周りの騎士達が一斉にハッとする。


 ジェラルドは即座にカレンを抱え込み、そのままバタリと草地に倒れ込んだ。


 と、シュンッとカレンの頭のすぐ側の地面に、何かが刺さる。


 カレンはジェラルドに抱えれたまま、一体何が起きたのかわからない。


「カレン!怪我は?どこも痛くないか?!」


 カレンの真上から、焦った真剣な顔のジェラルドが問う。

 カレンはコクコクと頷きだけで答えた。

 何が起きたかわからず、まだ胸の動悸は収まらないが、どこも怪我はしていない。


 ジェラルドはふーっと大きく息を吐いた。


「ジェラルド!姫様!!」

 アイザックが飛んできた。


 第5部隊の射手達が、森に向けて弓を構えている。


 カレンは咄嗟に起き上がろうとしたが、先ほど刺さった何かが、カレンのフードを貫いて地面に刺さっており、ツンッと頭を引っ張られた。


「待ってカレン」


 ジェラルドは、地面に刺さったものを抜いた。

 それは特徴のある羽の矢だった。


「……」

 一際険しい顔で、矢を見ている。


「やっぱあったか、お出迎えが」

 アイザックも厳しい顔だが、やれやれと呆れているようだ。

「とっくに気配はないだろ、深追いすんなよ」

 と、射手隊へ指示する。


「なんだ?ラブレター付きか?」


 ジェラルドは矢羽の元へくくりつけられた紙片をほどくと、中を改める。


 とたんにジェラルドの眉間に皺が寄り、「…んだと?」と、怒気を露にした。

 深緑の瞳がメラメラと暗く揺らいでいる。


 カレンは取り急ぎ起き上がる。

 フードには穴が開いている。


「…“コズミ”って、なんだ?」

 ジェラルドの横から、紙片を見たアイザックが呟く。


「古いカシャ・タキの言葉だ」

 言うなり、ジェラルドはクシャリと紙片を握り潰した。


「ふざけたことを…!!」

 ジェラルドは勢い良く立ち上がった。


 カレンはジェラルドの突然の激しい怒りの理由がわからず、座ったままポカンとする。


「…ジェラルド、一体何が…?」


 カレンの言葉に、ジェラルドはハッと我に帰り、再びひざまづいた。


「すまないカレン。急ぎここを離れる。準備をして」

 と、カレンを立ち上がらせた。


「ジェラルド様、すでに気配はありません」

 見回った騎士がジェラルドに報告する。


「…ヤツらは逃げ足はいつも速い。我らも直ぐに出立だ!」


「はっ」


 皆、緊張を張り巡らせている。


 カレンはアイザックに付き添われ、ネイサンが手綱を引くオーランドへと近づいた。

「ねぇアイザック卿、一体何が起こったのですか?」


「んー、ジェラルドがなんも言わねぇからなぁ…」

「でも…私が狙われたんですよね?」

 それくらいはカレンにもわかる。


 アイザックは短くため息を吐く。

「北部視察の時は、いっつもお出迎えがあるんだよ、弓矢で」

「まさか…カシャ・タキ?ですか?」


 アイザックは口をへの字に曲げて頷く。

「気をつけろー、見張ってるゾーってな…でもさっきのは、ちとあからさまにジェラルドを煽ったな…」

 さ、騎乗しな、とカレンを促す。


 カレンはオーランドに騎乗した。

「あの紙片には、何が書いてあったのですか?」


「ザック急げ!ネイサンもだ!」

 ジェラルドがスヴァジルに騎乗しながらアイザックに呼び掛ける。


「ごめんな姫様、俺からは言えねーよ、ジェラルドあんなだし」

 アイザックは、少し申し訳なさそうに言い、北部城塞まであと少しだからな!と、カレンとオーランドから離れた。


 一行は、スピードを速め馬を走らせる。


 確かに、こんなに余裕の無さそうなジェラルドは珍しい。


 カレンはすぐ前を走るジェラルドの広い背中を見つめる。


 今までもだったが、今はよりカレンを庇う形で隊が組まれている。


 確かアイザック卿は『コズミ』と言っていた。…ジェラルド、一体何があったの…?


 カレンは不安な気持ちで馬を走らせた。

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