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怪異から論理の糸を縒る  作者: 板久咲絢芽
閑話1 コックリさん(事後処理)
78/209

1 たかが十円されど十円

「そう、だけど」

「うーん、そっかあ」


晴人(はると)のそばまで来たその人はそう言って、(つま)んだ十円玉を晴人(はると)に渡す素振(そぶ)りは見せずに、じっと見つめている。


「返してよ」

「でも、この十円玉、自販機に入らないんでしょ?」

「……見てたの?」


うん、と悪びれた様子なく、その人は淡い茶色の目を細めて(うなず)く。

左目にかかっている前髪が鬱陶(うっとう)しそうだ、と晴人(はると)は思った。


「何してるのかなって思ってね。夏だから日が長いとはいえ、この時間帯に君ぐらいの年の子が一人、というのは防犯上如何(いかが)なものかと思うし」

「……あんただって、十分怪しいけど」

「だよねー、わかってる、わかってる」


晴人(はると)の疑念に同調する言葉を口にして、怒った様子も、(かな)しむ様子もなく、ただその人はけらけらと笑い飛ばす。

それから少し考え込むように(あご)(あた)りを空いている方の手の人差し指でなぞるように動かすと、口を開いた。


「……大丈夫、僕は(ちか)ってキミに悪いことはしないよ。そうだね、信憑性(しんぴょうせい)を問題視するなら、何か()けてもいいけど……()()()()?」


それはまるで、母親が今晩の夕飯は何がいいかと(たず)ねるような軽い調子だった。

ぽかんと晴人(はると)が見上げていると、その人は蓄音機から聞こえる亡き主の声を不思議そうに聞く犬よろしく、軽く首を(かし)げる。

完全に答えを待っている素振(そぶ)りだ。


「……いや、別に、そんな」


今までの言動からして、晴人(はると)が提案したものを本気で()けるつもりでいそうなのはわかった。

しかし、何を()けさせればいいか、なんてわからない。

というか、そんなものをこちらに(ゆだ)ねてくる時点で、胡散臭(うさんくさ)くはあっても、害意がないというのは知れた。


「そう? それならそれでいいけど」


そう言ってくる声も完全にこちらに任せきっているトーンだった。

ほんの(わず)かに、この大人大丈夫なのか? という疑念が()く。

主に、本人がまともな生活できるのか的な意味で。

そんな晴人(はると)の困惑など、どこ吹く風でその人は言う。


「で、この十円玉なんだけど」


空いている方の指先で(はじ)かれた十円玉が、爪に当たって少し高い響きを(ともな)い、かちんと音を立てる。


「返してくれないの?」

「んー、いや、それ以前に、なんだけどね。これ、()()()()()()?」


見上げた薄く微笑(ほほえ)んだその目に、一瞬だけ鋭い緑の光が見えた。


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