11 ふいんき(何故か変換できない)
「medium という語が語彙の山の中から発掘された上で霊媒という意味を付加された可能性がある、というのは理解しましたけど、複数形の形がというのはどういうことなんですか?」
二人の会話の途切れたタイミングで織歌が切り込むと、それはですねえ、と弘が口を開く。
「言語において、使用頻度が高い語ほど、文法上の古態を残しやすいんですよ。つまり例外として残りやすいんです。英語のbe動詞とか、三人称単数現在の-sってレベルじゃないでしょう」
「確かに、一人称単数ならam、三人称単数ならis、二人称単数と複数ではareで、原形はbeですもんね……」
つまり、複数形がmediaと同じではなく、英語標準の-sである時点で、ラテン語由来であっても「霊媒」としてのmedium は使用頻度の高い語ではなかったということである。
「使用頻度が低いと、いざ使うとなった段で、どう使うんだっけがうろ覚えで、結果として時間経過による文法の確立と共に、より大多数のパターンへと集約していくんです。特に十九世紀半ばというと、既に確固とした英文法が成立してるので、変形として入る余地がそれに関わる界隈の知識上あったかどうか、という……」
「まあ、逆に使用頻度が高いと、ルール上の古態が残る一方、言いやすいようにって方向で音韻が変化するのは起こりやすいよ。音便とか、連声とか、音位転換とか」
「昨今だと、音位転換ではふいんきが有名ですかね、何故か変換できないって話からネタ化したやつ」
雰囲気。
確かに漢字に従って読めばふんいきなのであるが、発声としてはふいんきの方が楽ではある。
なんというか、漢字に合わせると口の動き的に不自然な感覚になるというか。
「まあガチの話を出すと、上代日本語から母という語は存在しますが、このハの発音は破裂音のパだったって話が有名なくらい、音韻というのは本来時間経過と共に、話しやすいよう、発音しやすいように変化していくものなんですよ。そもそもの骨格の変化とかもありますけど」
「何にしても体系化が進んで、それが固まると、齟齬が出た段階で問題視されるから、一定の体系化後は新しいものが生まれても、変化を許容するのは難しい……って前に紀美くんも言ってたなあ」
やっぱり二人とも、織歌の事を言えないのではなかろうか。
そう思いつつも、別の事で疑問を覚えたので織歌は問いを投げる。
「でも、あの場でそこまで知っていたのは弘ちゃんだけですよね?」
であれば、それほどの強制力があるものだろうか。
そう思ったのである。
「そうですね、medium なんて知ってたのは間違いなくわたしだけでしょうが……そもそもとしてmediaが媒体である以上、そこで自力の再発見が起きてしまう可能性はゼロではないですし、人としての層にそれが存在している以上、採用されるかされないか自体はわたし達にはわからないんですよ」
弘はルームミラー越しに、先程よりも鋭い視線で織歌を射た。




