6 それは何か
「……じゃあ、ソレ、なんなんですか?」
思った以上に震える声が口から溢れた。
自殺した人の魂それそのものでない。
それなら、真由と目が合った人影はなんだというのだ。
今、織歌とロビンに見えているソレはなんだというのだ。
「……さっきも行った通り、むこうに在る力と、こちらでの何らかの志向性の相互干渉によって、こちらに影響を及ぼしてるのがコレだけど」
ロビンの声に呆れが混ざっているのがわかる。
でも、真由にはわからない。
「……何らかって、なんですか」
「信仰、想念、認識、願望、文化、物語、事実、文脈……そういうものだよ。時として、というか多くが複合的だし、明確に何とは言えない」
「じゃあ……結局、コレはなんですか?」
握った手に力を込める。
得体の知れないソレが、まだ死者の霊、幽霊であった方がマシだったかもしれない。
真由はそう思い始めていたし、だからこそ、先程よりも胸を締めつけるような恐怖を感じていた。
「なんなんですか!?」
今、真由が背を向けている窓の向こう。
織歌が見ているからには、真由には何も見えないのだろうけど、それでも。
そこに確かに何かがいると、真由は知ってしまったのだ。
ロビンが、またため息をつくのが聞こえた。
「そうですねえ」
代わりに口を開いたのは織歌だ。
「真由さんは、何だったら納得できますか?」
「え?」
窓の方を見つめたまま、織歌はほわほわした柔らかな声でその先を続ける。
「仮説は立てられます、いくらでも。さっきロビンさんが言った通りいろいろな要因が考えられるのですから」
「……」
「わからないなら望んだ仮説に押し込めばいいんです。辻褄さえ合えば、納得、できるでしょう?」
「オリカ」
ロビンの呆れ返った声が後ろからした。
「誰もがオリカみたいに、そう簡単に納得はしないよ」
「でも、実際のところ納得してもらわないと」
「そうだけど」
苦虫を噛み潰したようなという表現が似合う顔をしているんだとわかるような声で、ロビンがたじろいでいる。
先程言っていた鳥の糞に爆撃されるような、小さな不幸で培っただろう強かさで、織歌は今この場を征していると言えた。
「じゃあ、オリカは仮説、立てられてるの?」
「まあ、なんとか。というか、経験自体はロビンさんの方が多いじゃないですか」
「……その分、選択肢が多いんだけどね」
仕方ないと言わんばかりのため息をロビンがついた気配がする。
少し冷静さを取り戻した真由は、ロビンに若干の同情を覚えた。
真由と会ってから、この青年は俗に幸福を逃すとか言われるため息を何度ついただろうか。