1 もぐむしゃタイム
読解編
織歌はふわふわとした夢現のまま、壁に寄りかかってぼうっとただ目の前を見ていた。
「織歌」
その夢現の霧のようなふわふわとした非現実感を切り裂く弘の声にそちらを向く。
「弘ちゃん」
「……うーん、いつ見ても見ていいものじゃない感があるんですよね」
今、織歌の左腕には、少なくとも織歌の目には赤みを帯びた黒の、みっちりとスライムのような粘性のある液体で満たされた細長い袋とか、バルーンアートの細長い風船のようなもの――あるいは触手っぽいものがぐるぐるとまとわりついていて、そしてその端をひっぺがしながら口に運ぶあきつの姿があった。
〈こいつ、はらひにくい〉
射干玉の、という枕詞もかくやという美しく地を這う長い黒の髪に浮かび上がるような白い顔。
その小さな口で、触手っぽいそれをぶちりとその見目にそぐわず豪快に食い千切って、もちょもちょと咀嚼しながら、あきつは眉根を寄せて訴える。
「たぶん、無理矢理ひっぺがしたからだと思うんですけど……」
「織歌、まだその辺りは慣れてないんですから、わたしに任せてくれればいいのに」
〈織歌、腕上げてくれ〉
織歌があきつに言われた通り腕を少し上げると、あきつは引っぺがすことを諦めたらしく、直接その触手っぽいものにかぶりつき、またぶちりと噛み千切る。
ちなみに感触としては、触手っぽいのは氷みたく、ぞっとするように冷たい。
逆にあきつの肌は夏場の木陰のせせらぎに足を突っ込んだような、爽やかで清涼な冷たさがある。
「うーん、やっぱり、こう、すごい絵面……」
ぞろりと長い黒髪に白玉の肌、白の単に緋色の切り袴、うっかり千早と見間違える人も多そうな小忌衣、という如何にも清浄にして、時代がかった格好のあきつである。
にもかかわらず、本人はまったく無頓着に、触手っぽいもの――織歌が引き受けた穢れの可視化されたものを豪快に噛み千切り、食い千切り、もちゃもちゃと頬袋を膨らませたハムスターのように口いっぱいに頬張って咀嚼している。
織歌は見かけは儚げな雰囲気を纏っている可憐なタイプであると自覚はしている。
そして、どうやら自覚している以上に強かさとのギャップはすごいらしい……というのは置いといて。
そんな織歌に(便宜上)憑いているあきつはそもそも人ならざるものであって、織歌たちが師事する紀美いわく、分類的には分御霊的な何かになるんじゃないかな(困惑)、らしい。
紀美の言い分がそんな曖昧模糊とした歯切れの悪いものになるのも、それはそれで理由はあるのだが、それもさて置き。
何も気にせず、見た目に反して、やや粗暴だったりコミカルだったりな挙動を取っていようと、織歌のそばを離れぬこの人ならざるものは、魅力と呼ぶには妖しすぎる惹きつける美しさを持っている。
「ん……」
〈すまん、歯が当たったな〉
なので、弘の言うところのすごい絵面というのは、なんとなく背徳感を感じるような、その内実はともかくとして、美しくて妖しくて儚げでありながらグロテスクを伴った、一種耽美的な様相を呈しているのである。
なお、織歌にとって兄弟子であるロビンは最初目撃した時に、何をのぼせ上がったのか鼻血を出していた。




