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怪異から論理の糸を縒る  作者: 板久咲絢芽
3-1 肝試しと大掃除 side A
53/209

4 There is where angel fear to tread

少し気の抜けるその笛の音が一旦途切(とぎ)れた瞬間、悠輔(ゆうすけ)(すね)(あた)りを何かがするりと通った感触に驚いて、地面を見下ろした。


「な……?」

「安心してください。害はないです」


(かす)かに、ちゃかちゃかという音が複数、(ひろ)の方に向かっていく。

だが、懐中電灯を向けても、何も見えない。

このどこかで聞いたようなちゃかちゃかという音が、昔友人と友人宅の犬を散歩させた時の犬の足音と同じ(たち)のものだと気付いて、悠輔(ゆうすけ)は思わず身体を強張(こわば)らせた。

隣で都子(みやこ)が息を()む音がする。


「人並みよりかは敏感って感じですか、お二人とも」


その様子を、鋭利な光を目に宿らせた(ひろ)がそう(つぶや)く。

(かす)かに、あのなんとも言えない独特の獣の(にお)いが鼻を(かす)めた気がした。


「……()()


(ひろ)が鋭くそう言って、また犬笛(いぬぶえ)を吹き鳴らす。

途端に、ざっと四方八方に揺れ動いた獣の(にお)いを(ともな)う空気が、膝や(すね)に当たったその気配が、そこに何かが集まっていて、そして散開したことを示していた。


「いやだなあ、そこまで緊張しなくてもいいじゃないですか」


自分が、がちがちに引きつった表情をしていると悠輔(ゆうすけ)は自覚しているし、都子(みやこ)も同じようなものだ。

それを見て、(まと)った刃物のような空気の片鱗を(くず)すように、(ひろ)は笑った。

一方、織歌(おりか)は慣れきったように落ち着きはらっている。


「でも、(ひろ)ちゃん、島田(しまだ)さんはおそらく()()()()()()()()


そしてにこにこと、織歌(おりか)がそんな事を言い放ったものだから、都子(みやこ)がびくりと身体を震わせた。


「え、あの……」

()えた瞬間にびくっとされてましたから……たぶん一時的に感化されただけではないかと思いますが」

「……織歌(おりか)って意外としっかり観察してるんですよねえ」


(ひろ)はぼそりと、姉弟子(あねでし)として沽券(こけん)に関わる、と(つぶや)く。

そういう関係性なのか、と思うと同時に、彼女達の師匠はなんのつもりで女の子二人を廃墟に行かせたんだ、と悠輔(ゆうすけ)は思った。

思ったのだが、五点接地法をリアルでやってのける(ひろ)にそう簡単に(かな)う人間がいるとも思えなかった。少なくとも悠輔(ゆうすけ)(かな)う気がしない。


「まあ、聞こえたものは仕方ないです。それにそうであれば、お二人がビビりなんて言われるのは、逆にその敏感さに見合った危機管理能力があるということだと思います。今度言われたら、君子(あや)うきに近寄らずとでも返せばいいですよ」

「そうですね、(めい)を知る者は巌牆(がんしょう)の下に立たずでもいいと思います」


織歌(おりか)の同意の言葉を受けて、(ひろ)が一瞬だけ遠い目をしたのを悠輔(ゆうすけ)は見逃さなかった。

まあたぶんわからなかったんだろうな、と思う。悠輔(ゆうすけ)もよくわからない。

都子(みやこ)がどうかまでは表情からはよくわからなかった。


「ま、待ってください」


都子(みやこ)が声を上げる。


「その、私が危機管理能力も持ち合わせてる、ということは、その、唐国(からくに)さんのさっきのアレも、怖かったのは、危険、ということ、なんですか?」


一瞬にして沈黙が()りた。


where angel fear to tread:天使が踏み込むのを恐れる場所=賢明な者は近付かないほど危険な場所

Fools rush in where angel fear to tread.(愚者は天使が踏み込むのを恐れる場所へ急ぐ)等

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