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怪異から論理の糸を縒る  作者: 板久咲絢芽
2-2 山と神隠し side B
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10 梅を投げ終えても

(たける)くんみたいなことはなかったんです?」

「ん、呼びかけられたけど、頃筐(けいきょう)(おく)るなかれって言ったら黙った」

「え、摽有梅(ひょうゆうばい)のそれは、うわキッツ……ロビン、あなた一応紳士ですよね?」


楚辞(そじ)』の山鬼(さんき)を当てた以上、それに対しては、近い文化のものでやり込めるのが一番()く……というのは師たる紀美(きみ)(かか)げる理論上の話である。

その上でロビンが選択したのは、同じく中華圏における解釈の分かれる古い詩を集めた書物の中の一つである。

なお、これを編纂(へんさん)したのは、儒教(じゅきょう)の開祖たる、かの孔子(こうし)であって、(きょう)とされたのは後世であるとしても、一般的書物名で言えば『詩経(しきょう)』である。

詩経(しきょう)』の伝統的解釈は儒教(じゅきょう)経典(きょうてん)としての解釈――と言っても本来複数あった内の毛詩(もうし)一本になってしまったのだが――ではあるが、近代以降、当時の風俗(ふうぞく)(そく)して歌われた民謡を集めたものである、という民俗学(みんぞくがく)や比較文化による解釈も広まりつつある。

また、『楚辞(そじ)』が南方の文化を背景に作られたと思われるのに対し、『詩経(しきょう)』は北方の文化を背景に作られたと考えられる。とはいえ、現代認識で言えば中国の一言で(くく)れてしまうが。


その上で摽有梅(ひょうゆうばい)という詩の選択は、山の神相手には、(あま)りに(むご)い、と(ひろ)は思う。


「……(むご)い、(ひど)い、可哀想(かわいそう)

散々(さんざん)に言ってくれるな……『楚辞(そじ)』の山鬼(さんき)に確定させたのはヒロなのに」

「……紳士のくせに乙女の純情を踏みにじる必要ありました?」

「失礼な!」


摽有梅(ひょうゆうばい)(なげう)つに(うめ)有り。

その心は投果婚(とうかこん)という習俗に(もと)づくとされる。

同じ『詩経(しきょう)』内だと木瓜(ぼくか)が男性視点で投果婚(とうかこん)(うた)ったもので、摽有梅(ひょうゆうばい)は女性視点のものだ。


木瓜(ぼくか)から(けい)(むく)いず、ぐらいでいいじゃありませんか……」

「そもそもの禁止系の方が後々(のちのち)にも()くかなと」


投果婚(とうかこん)は、まず女性が集めた(うめ)(あんず)(すもも)といった果実を意中の男性に投げつける。

これを男性側が承諾するのであれば、腰に()びた(ぎょく)を投げ返し、そこでカップル成立という流れである。

そして、木瓜(ぼくか)(まさ)しくそのカップル成立の流れを(うた)っているのに対し、摽有梅(ひょうゆうばい)は――


「お前は一生売れ残りだ、なんて突きつけるような真似(まね)が紳士と言えますか?」

「……必死だったんだって」


頃筐(けいきょう)、すなわち(かご)に入った七つの(うめ)が三つに減り、さらに空になってもいい返事がもらえないので、とうとう(かご)を投げつける、という解釈のある(うた)なのである。


「それに、確かに女性かもしれないけど、女神だよ? 自分より高位とされる存在だよ? いくら相手が女性であっても、力でもの言わされるのは嫌だし?」

「…………」

「……だから、人間相手には絶対しないよ?」


最後には少しこちらを(うかが)うように、気不味(きまず)そうにロビンはそう言った。


「わかりました。織歌(おりか)にも言っときます」

「ええ、なんで……」


本気の困惑の乗ったロビンの声に、(ひろ)()え切れず、くすくすと笑った。

そんな(ひろ)(あき)れた顔でロビンは見て、それからふと思い出したように口を開いた。


「……そういえば、ヒロ、もう一つ後回しにしたのあったね」

「え? ああ、はい、ギリシャ神話のタンタロスとイクシーオーンに、北欧神話のウートガルズ訪問時のトールのヤギですね」


共食(きょうしょく)の話のあれだ。


近代以降〜:特に聞一多ぶんいった(清末期〜中華民国初期の)漢学・神話学者がそうした研究をしていたという。

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