表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪異から論理の糸を縒る  作者: 板久咲絢芽
2-2 山と神隠し side B
40/209

5 壺中異界


(ひろ)はぼーっと過ぎゆくのどかな車窓の外を見ていた。

ボックスタイプの座席の向かい側で、ロビンは(かか)えたリュックによりかかって、うつらうつらと船を()いでいる。


あの後少ししてから、(よもぎ)のスマートフォンに(たける)が気がついたという(むね)の連絡が来たのを機に、解散とあいなったのだ。

平日の午後も早めの時間なので、少なくとも車両単位で貸し切り状態である。


「あ」

「んぐ……う?」


不意に思い出して声をあげれば、ロビンが寝ぼけ(まなこ)で、それでも何があったのかという意を含んだ声をあげた。


「ああ、いや、大したことじゃないんです」

「…………人を起こしといて、それはなくない?」


至極ごもっともな意見である。


「いえ、あの、ハーバリウムと壺中之天(こちゅうのてん)の件で」

「ん……ああ、三壺(さんこ)のこと?」

「ええ、まあ……ロビンが知ってて自分が知らないのは(しゃく)ですけど」


素直に言えば、ロビンは確かに、と言いながら、くすくすと笑った。


「まあ、それだけ知ろうとしなきゃわからないものが転がってるってことだよね。『三壺(さんこ)(くも)(うか)ぶ 七万里(しちばんり)(みち)(なみ)を分かつ』は(みやこの)良香(よしか)神仙策(しんせんさく)だっけ」


そんなんでわかるか、と思う。

そしてこの兄弟子は、それもちゃんとわかっている。


「でも、流石(さすが)にヒロだって蓬莱(ほうらい)ぐらいわかるだろ?」

「そりゃまあ、そんな有名どころ、知ってるに決まってるじゃないですか。神仙思想における異界の一つ。中国東方にあるとされる島の一つですよね」


浦島太郎の原型、丹後国(たんごのくに)風土記(ふどき)逸文(いつぶん)浦嶋子(うらしまこ)伝説の「蓬山」と書いて、「とこよのくに(常世の国)」と読ませるものは、この蓬莱(ほうらい)から来ているのではないか、というところまでは履修済みである。そこは腐ってもそういう家系なので。

ロビンはがさごそと(かか)えたリュックからメモとペンを取り出して、眉間にしわを寄せ、何度かぐしゃぐしゃと塗り潰しながら書いたページを切り取って(ひろ)に差し出す。


「その蓬莱(ほうらい)に、瀛洲(えいしゅう)方丈(ほうじょう)を加えたのが三壺(さんこ)。それぞれを蓬壺(ほうこ)瀛壺(えいこ)方壺(ほうこ)とも呼ぶ……この場合、日本語だと蓬莱(ほうらい)方丈(ほうじょう)が同音になるんだけどね」


案の定というか、瀛洲(えいしゅう)瀛壺(えいこ)だけやたら書き(そん)じの痕跡が多く、また一文字もやたらデカい。

とはいえ、たぶん(ひろ)も書いてみたら、同じ風なことにはなるだろうという自信がある。そんな事に自信など持ちたくなかったが。


(つぼ)なんですねえ……」

(つぼ)のような山、らしいからね」


それを聞いて、なるほど、と(ひろ)の中で合点(がてん)がいく。


仙境(せんきょう)(つぼ)の中に……そのイメージの行き着いた()てが壺中之天(こちゅうのてん)と」


壺中之天(こちゅうのてん)壺中天(こちゅうてん)壺中(こちゅう)の天地。

中国は後漢における一介の役人が仙道を(こころざ)すきっかけとなった、薬売りの老人の持つ(つぼ)の中の素晴らしき別天地のエピソードから生まれた言葉だ。


「まあ、考えられるレベルだけど……さらに突き詰めれば(おう)昌齢(しょうれい)の『一片(いっぺん)氷心(ひょうしん) 玉壷(ぎょっこ)()り』も(つぼ)の外と中で俗と聖をわけたとも思えるね」


何故そこまで知っているんだ、この兄弟子は。

そう脳裏を過ぎるが、いつもの事なので(ひろ)はそれだけに(とど)める。

なんなら、ロビンにはその思いは(すで)にバレてるし、たぶんイヤなら勉強しろぐらいには思っている気配がする。


「西洋だと(つぼ)(かめ)生命の水(aqua vitae)の器というイメージが強い。マルセイユ版タロットの節制(Temperance)とか、(まさ)(つぼ)から(つぼ)への移し替えだし……まあ生命の水(aqua vitae)が後世、ウイスキーやスピリットみたいに、強いアルコールを指すようになったことを考えれば、酒神ディオニュソスの酒甕(さけがめ)とかの影響もあるのかもね……あ、いやエジプトのカノプス(つぼ)とかもあるのかな」

「ロビン、ロビン」


(ひろ)はそのまま自身の思考の(ふち)に沈んでいきそうなロビンに呼びかける。


都良香みやこのよしか神仙策しんせんさく:『和漢朗詠集』に収録されてる一節。

カノプス壺:古代エジプトのミイラ作りで抜き出した臓器それぞれを保存していた壺。それぞれの臓器を守護する神の姿を模す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ