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怪異から論理の糸を縒る  作者: 板久咲絢芽
2-1 山と神隠し side A
32/209

10 猛犬注意


「ひぇっ」


(ひろ)に抱えられるようにして、ずざざ、と雨で泥濘(ぬかる)んだ斜面を(すべ)り降りて、(たける)は小さく悲鳴を上げた。


「いやあ、山鬼(さんき)って明言しちゃったのは間違いでしたかねえ」


一方、(ひろ)はそう言って、失敗、失敗と(つぶや)いている。

最初から獣道以下の道を歩いているわけだが、(ひろ)は迷う素振(そぶ)りも、躊躇(ためら)素振(そぶ)りも見せずに、可能な限りの最短ルートをとっているように思える。


「『(かみなり)填填(てんてん)として、雨冥冥(めいめい)たり』……いやあ、神さまでも乙女の純情の怖いこと、っと」

「ぴ」


今まで迂回(うかい)していたレベルの段差を、ほぼ抱えられながらもいきなり飛び降りられて、(たける)の口からは変な声が短く漏れた。


「しかしまあ、ロビンじゃなくて(たける)くんにつきまとうというなら」


(たける)には、これが普通なのかどうかもわからないし、あまりの強行軍に目眩(めまい)すらしてきた。

ただ、(ひろ)があまりにも普通な調子で、(なか)(ひと)(ごと)のように話しているのだけが、気を(まぎ)らわせていた。


「とんだショタコ……げふんげふん」


その中身は置いといても。


「いや、準拠(じゅんきょ)時代によっては、まだ青田買(あおたが)いレベルなのか? でもそんな逆光源氏とか、地雷まっしぐらじゃないですか、やだなあ……さあて、あと少しですっ、よっ、と」

「――!」


最早(もはや)ほぼ(ひろ)(かか)えられた状態で、それなりの高さの段差を飛び降りる。

本来なら情けないとか、格好悪いとか思って振り(ほど)いてるはずなのだが、今の(たける)にはそんな余裕はグラムにしろ、リットルにしろ、メートルにしろ、一ミリもないのだった。

ただ、土砂降(どしゃぶ)りの雨粒とか、()ね上げた泥飛沫(どろしぶき)だとかが口に入らないよう、何より舌を()まないよう、真一文字に口を閉じておくだけで必死だったのだ。


――……ぐゎん、ぐゎん、ぐゎん


雨粒がレインコートのフードを容赦なく叩きつける音と、空からごろごろと鳴り響く雷鳴の合間に、金属製の何かを叩く音が聞こえた。

その音を聞いた(ひろ)の口元に笑みが浮かび、そのまま立ち止まる。


(たける)くん、聞こえます?」

「この、なんか叩く音?」

「ええ。方向を指で指してください」


困惑しながらも、(たける)はその音のする方を指さす。

それを確認した(ひろ)は一つ(うなず)くと、抱えていた(たける)をおろして、リュック同士を繋いでいたザイルロープを(はず)した。


「ひろねーちゃん?」

「いいですか、(たける)くん、何があっても振り向かないで、この一斗缶(いっとかん)を叩いてる音の方に向かってください。わたしはロビンを()()()()()()()()()()()から向かいますので」


(ひろ)を見上げて(たける)は思わず息を()む。

その目の奥に、どこか爛々(らんらん)とした好戦的な光の片鱗(へんりん)が宿っていたからだ。


(たける)くんが向こうに行き始めたら、()()()()()()()君には何も話しかけませんし、()()()()()()()()()()()()()()。それだけは(きも)(めい)じてください」

「……ひ、ひろねーちゃん」

「大丈夫、わたしもロビンも、こういうの、慣れてますから、へっちゃらです。だから、()()()()()()()()()()()()()()。いいですね?」


違うのだ。この(たける)躊躇(ためら)いは、その事に向けられたものではないのだ。

丁寧な口調のまま、泥や木の葉をかぶったレインコートのフードの下から野生じみた眼光を見せる(ひろ)のその姿は、まるでよく(しつ)けられたドーベルマンを彷彿(ほうふつ)とさせる(ほど)で。


()()()()()()

「……うん」


本能的に、強者に対して、怖気(おじけ)づいた。

そうとしか表現できなかった。


雷填填兮雨冥冥:やっぱり『楚辞』九歌の山鬼の一節

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