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怪異から論理の糸を縒る  作者: 板久咲絢芽
2-1 山と神隠し side A
30/209

8 霊脩を留め憺として帰るを忘れしめん

ハーバリウム(herbarium)、ねえ……」


物怖(ものお)じする事なくロビンは空を見上げている。


(びん)の中に世界があるってなると、まるで壺中之天(こちゅうのてん)みたいですねえ」

「逆じゃない? それの類似でハーバリウム(herbarium)()()()()()、みたいな……まあ、壺中之天(こちゅうのてん)自体、そもそも三壺(さんこ)と関係しそうな気がするけど」


え、なんですか、それ、と言う(ひろ)を無視したまま、ロビンは空を見上げたまま考え込んでいる。

これは自分もうっかり突っ込むと時間を浪費するだけになってしまう、と(すで)(さと)った(たける)は大人しく黙っていた。(やぶ)をつついて蛇を出すぐらいなら、その蛇の邪魔をせずに(じゃ)の道を案内してもらう方が得策なのだ。


「そうか、山の神、山鬼(さんき)、そういうのもあるかあ……」


ロビンがそのまま眉間にしわを寄せた。


山鬼(さんき)というと、『楚辞(そじ)』の山鬼(さんき)です? もしや雨具とライトの出番です?」

「『(よう)として、冥冥(めいめい)たりて、(ああ)(ひる)(くら)く、

 東風(とうふう)(ひょう)として、神霊(しんれい)(あめふら)す』

……だからねえ。無いよりはあった方がいい」


そう言いつつも、ロビンはぶつぶつとそっかあと何度か繰り返す。

何か理解できてしまったけど、したくなかった、みたいなそんな微妙な空気を感じる。

そして、どこかげっそりとした顔で、空を見上げていた顔を元に戻した。


「……ヒロがいるから、膠着(こうちゃく)してそう」

「わたし、です? オコゼでも持ってくればよかったですかね」

「うん……うー、見過ぎた」


ぐりぐりとロビンが眉間を()みほぐしている。

何を見たのか。オコゼってあの魚のオコゼか。

気にはなるが、(たける)の中では、(やぶ)から出てくるだろう大蛇と好奇心であれば、好奇心の方が軽かった。早く帰りたい。

眼鏡を押し上げながら、ロビンが口を開く。


「ヒロ、自力でタケルを連れて戻れる?」

「……一応は」

「じゃあ、遠隔は()()()?」


今度は(ひろ)が眉間にしわを寄せた。


「……個人的コンディションとしては無理なく」

「懸案事項があるんだね?」

「はい。舞台的に(ととの)い過ぎているので、制御に不安が……」


言い(よど)(ひろ)にロビンが何度か(うなず)く。


「なるほど。だけどさ、ヒロ、タケルが思った通り、(すで)にここはハーバリウム(herbarium)、つまり()()()()()()()()()()()()()

「あ……」


ロビンの言葉に、(ひろ)ははっとして少しだけ視線を彷徨(さまよ)わせてから、覚悟を決めたようにロビンを見つめた。


「……そっか。それなら、たぶん大丈夫です。いけます!」


そう言うや(いな)や、(ひろ)は自分のリュックをがさがさと探り出す。

そして、まず取り出したのは、余りにも武骨(ぶこつ)で、それ(ゆえ)に強力そうなヘッドライトだった。


(たける)くんはライト、あります?」

「えっと、たしか、懐中電灯ある」

「それなら、わざわざ出さずにヒロのに頼った方が良くない? 手、(ふさ)がるでしょ」


(ひろ)と同じく、それでも(ひろ)より手際(てぎわ)よくロビンもヘッドライトを取り出す。

そして続けざまに折り(たた)みのレインコートと、それから眼鏡ケースを取り出して、そのまま眼鏡を外し、ケースにしまうと(ひろ)に差し出した。


「ヒロ、頼んでいい?」


対する(ひろ)はそれを当然のように受け取る。


「わかりました」


そして、受け取った(ひろ)は、引っ張り出したレインコートの(かわ)りとばかりに、リュックに突っ込んだ。


「ロビンにーちゃん、メガネはずしていいの?」

「ん、伊達(だて)だからね」


本気出すには(はず)した方がいい、とその眼鏡がないと余計にきつく見える目つきでロビンはさらりと言ってのける。


「それより、タケルもレインコート着込んどいて、持ってるでしょ?」

「あ、うん」


ちらりと(たける)(ひろ)を見れば、(すで)に折り(たた)みのレインコートを広げていた。


杳冥冥兮羌晝晦

東風飄兮神霊雨

留霊脩兮憺忘帰:『楚辞』九歌の山鬼の一節。

「茂み深くに光はささずに昼とてなお暗く

 東風は急に舞い上がり、神霊は雨をふらす

 霊脩(立派な人物のこと)をここに留めて、その安らかさに帰ることを忘れさせましょう」


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