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怪異から論理の糸を縒る  作者: 板久咲絢芽
2-1 山と神隠し side A
27/209

5 福を饗す

神饌(しんせん)共食(きょうしょく)


リュックからメモ帳とペンを取り出して、涙目の(ひろ)はそう書きつけた。

決して、共食(ともぐ)いではありません、という言葉と共に。


神饌(しんせん)は神という字が入る通り、神様へのお(そな)え物、その中でも飲食物を指します。そして共食(きょうしょく)は字の通り、神と共にそれを食べること、です」

「で、さっきの同じ釜の飯を食った仲に(つな)がるわけだよ」


ロビンの補足に(たける)は首を(かし)げた。


「え、でもさ、さっきの話だと、食べちゃいけないんだろ?」

「そこは、新嘗祭(にいなめさい)においては()()()()()()()()()から、ですよ」

「そう、人間が育てた作物を人間が調理し、神に(ささ)げるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()主客(しゅかく)の転倒というやつだね」


――このイギリス人、やたら難しい言葉使う。

そう思いながら、(たける)は考える。

()()()()()()のならば、である。


「……じゃあ、神様を(つか)まえるってこと?」

「ボクらのスタンスとしては正解に近いけど、一般的には怒られる可能性のある答えだね」


曖昧(あいまい)なロビンの言葉に、結局のところどうなのかがわからず、(たける)は不満を覚えた。

それを見て、ロビンはくすりと笑う。


「そもそも、新嘗祭(にいなめさい)は一般的には最初にヒロが言った通り、感謝を表すための収穫祭の一種と見られる(ふし)があるが、実際はそれだけじゃない。神をもてなし、共食(きょうしょく)によって、翌年の実りのための力を(さず)かる儀式(ぎしき)という側面もある。だから、神様の何かを人に(とど)めるためのものって考え方はアタリで、そう間違っちゃないさ」

「共同体の中の食物を神と分け合うという点では、秋田のナマハゲや高知の粥釣(かゆつ)りのように、日本各地の来訪神(らいほうしん)行事における、祝儀としての切り餅や供出(きょうしゅつ)する穀物も、そういう側面があるはずです。能登(のと)のアエノコトのお(ぜん)は、完全にもてなす意識の方が(まさ)ってるとは思いますが」


わからないはわからないなりに、ふんふんと聞いていたが、(たける)はまたちょっと引っかかる。


「日本だけなの?」


今や、グローバルがスタンダードな世界である。

(ひろ)がロビンをちら、と見た。


「ボクが明確に儀式の流れとして残ってるって把握してるのは日本。まあ中国とか東南アジアとかアフリカとかにもあっておかしくはない。実際、来訪神(らいほうしん)(はる)か彼方、異界から福徳(ふくとく)と共に――特に新年と共に――(おとず)れる神、という概念はチェコのツェルチとか、スイスのクロイセとかヨーロッパですら形跡は残ってるし」


もてなすかどうかはさておいて、とロビンは続ける。


「だけどまあ、意識としては昔話にこそ多く残ってるかな。旅人が一晩の宿を最初は土地の金持ちに頼むが断られ、その後その土地でも特別貧しい者に宿を頼むと、貧しい者は貧しいなりの精一杯の(ほどこ)しをする。いいベッドを譲ったり、育ててた木を()き付けにしてご飯を作ったりね。で、その旅人が実は神様で、願いを叶えてくれたりする。場合によってはケチな金持ちには罰を与える。聞いたことない?」

「なんか、すっげーどっかで聞いた話って感じはする」


学校の月一回の図書館ボランティアによるおはなし会とか、幼稚園の頃に先生が読んでくれたたくさんの絵本とか、その中に(まぎ)れていたように(たける)は思う。


蘇民将来子孫也そみんしょうらいしそんなり祇園(ぎおん)茅巻(ちまき)とかですね」

「……まあ、共食(きょうしょく)という意味だと、森や道で行きあった小人とか老人に、持ってる食料をねだられて分け与えた結果、福徳(ふくとく)(さず)かるって話もよくあるね。それを真似(まね)ようとした悪役がある場合、そのケチでワガママな気性(きしょう)(ゆえ)に与えないがために呪われる」


ロビンが横目で(あき)れたように(ひろ)を見てから、(あきら)めたように(たける)の頭の抽斗(ひきだし)合致(がっち)しそうな例を()げてくれる。

どうやら、説明全般はロビンの方が得意なようだ。

泥沼になりそうなので、(たける)はそれ以上、(ひろ)の話には突っ込まない方針を決めた。

小学生男児としては難しくて長い話は嫌いだ。


「そういえばロビン、そのコンテクストの場合、ギリシャのタンタロスやイクシーオーン、あと北欧のトールのヤギってどういうことになるんですかね」

「それは後ね」


すっぱりとロビンは(ひろ)の話を切り捨てる。

もやしで、目つきの割に押しに弱そうでも、決めるところは決めるタイプらしい。

(たける)の中で、ロビンの評価が上がった瞬間だった。



もてな

来訪神行事:『来訪神事典』(著:平辰彦 新紀元社)が詳しい。というか参考文献。

蘇民将来そみんしょうらい子孫也しそんなり:牛頭天王=武塔神=スサノオが南海の竜王のもとに嫁取りに行った帰りに一晩の宿を貸してもてなしてくれた貧しい蘇民将来そみんしょうらいに疫病除けとしてこの言葉を門前に掲げるようにと告げた。祇園祭ぎおんまつり茅巻ちまきはこれに由来する縁起物であり、全国各地に同様の文言を書いたお守りが残る。

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