表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪異から論理の糸を縒る  作者: 板久咲絢芽
1-2 逆さまの幽霊 side B
20/209

7 魂は天に

「……サンプル、一つだけ?」

「いんや」


この師匠が言い出すには、それなりにサンプルを用意していないはずもないのだ。

実際、()いてみれば、少し嬉しそうに否定の言葉を口にする。


「ただ有名なのがそれだけ。他だと、井原(いはら)西鶴(さいかく)の作品の中で逆立ちした女の幽霊による仇討(かたきうち)の話がある。これは確か、沖縄だったか奄美(あまみ)の方の伝承で似たような話があったな。後は浄瑠璃(じょうるり)での語りの内や歌舞伎(かぶき)の演出に多く見られる」

「……意外と近世(きんせい)では?」


伝承はさておき、西鶴(さいかく)浄瑠璃(じょうるり)歌舞伎(かぶき)となってくると全部江戸時代のキーワードだとロビンは記憶している。


「んー、一応、根底の一つには平安期の仏教書にある地獄に落ちて責め苦にあう亡者の(さま)があるんじゃないかって言われてるよ。能の『求塚(もとめづか)』で菟名日処女(うないおとめ)が言及してるソクジョウズゲ、他にも業火(ごうか)に落ちる亡者に永遠に落ちるということで永沈(ようちん)とか」

「ソクジョウ……」

「あ、はいこれ」


紀美(きみ)は目の前のテーブル上のメモ用紙に、ロビンが持っている資料に入っている書き込みよりも崩した走り書きでさらっと書いてみせる。

紀美(きみ)の字のクセを見慣れているロビンには、すぐにそれが「足上(そくじょう)頭下(ずげ)」と書かれているのを読み取る。


「ああ、なるほど、足が上で頭が下。まさしく逆さまだね」

「もう一つ考えられる理由が、死者の(たましい)(こん)の居場所からって視点」


わざわざ同じ漢字で表せるものを言い直すからには、そこに意味がないわけもなく。

それぐらい読み取れる程度(ていど)には、ロビンと紀美(きみ)はつうかあだ。


「……魂魄(こんぱく)思想?」

「も、踏まえた方がわかりやすいかなあって」


また諸説あるものを、と思いつつ、一般論として、古代中国由来の(たましい)(こん)(はく)の二種類の何かから成り立つという考え方であるということを思い出す。

その上で、(こん)の特性と言えば――


「天ってこと?」


諸説はありつつも、死後、(こん)は天に(のぼ)り、(はく)は地に(もぐ)るという。

特に、虎の(はく)が地に(もぐ)って石と化したものを虎魄(こはく)(すなわ)琥珀(こはく)と呼ぶ、というのは近世(きんせい)の百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』にも()っていた話である。


「死者の魂を呼ぶ、(たま)()びも屋根の上で天に向かってやるって記述が平安時代にあるわけだし、各地にも死人が出そうな時はやっぱり大方(おおかた)屋根の上で、(たま)()びをするって伝承がある。なんなら屋根に穴を開けるぐらいだし、屋根の近辺の上方に(たましい)がいたって考えの現れだよね」

「……つまり、その状態から普通に人を見ようとすると逆さになるって?」


段差の上に立ったまま、段差下の人間の顔を見ようとすると、その落差にもよるが、確かに立位(りつい)前屈(ぜんくつ)のポーズとかになりかねない。


「そうそう。同時に普通そうまでして見るか、って話にもなるかなあって」

「あ、そこは完全にセンセイの持論ってことね」


微妙なトーンの違いからその(あた)りの判別をつける。

ずっとこのノリに付き合っているのだから、その程度は簡単だ。

紀美(きみ)はあまりそれが面白くないように、(くちびる)(とが)らせて、半目でロビンを見ている。


菟名日処女うないおとめ菟原処女うないおとめ表記の方がおそらく一般的。摂津国せっつのくに菟原うない(現兵庫県芦屋(あしや)市付近)にいた美しさ故に二人の男に求婚されて自害したという乙女(男たちも後追いで自害)。『万葉集』に彼女の墓について詠んだ和歌が収録されている。類似の伝承として、真間(まま)手児奈(てこな)(真間=現千葉県市川市)がある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ