3 噂の根源
「ロビンの見立てとしては、残滓は?」
労っておいて、そういう風に好奇心の方が勝って訊いてくるところは、ちょっと難だよなあとロビンも思わないではない。
が、三人の中で一番付き合いの長いロビンとしては、既に慣れたものである。
そう、何事も慣れ。
「よくある……と言っていいものかどうか、残滓ではあったけど、怨嗟があった。今回のが上塗りしていたから人相まではわからなかったけど、あれは女の子だと思う」
真由という生徒と織歌には、黒い人影としか表すことのできない何かに見えていたらしい噂の怪異の中核。
ロビンの見たソレは、まるで人影を黒いクレヨンで乱雑に、けれど目だけ丁寧に除いて塗り潰したかのようで、ロビンには人相どころか、そのシルエットすら判別が難しいほどになっていた。
けれど、それは例の踊り場だけの話であって、外とそれ以外の踊り場では、顔だけが同じように塗り潰されていて、ただ普通に薄れていただけだった。
ついでに、外から見た時の、顔が塗り潰されてスカートを靡かせた人影が真っ逆さまに目の前に落下して、そのまま、ぐしゃりとひしゃげ、熟れた柘榴の如く爆ぜた姿を思い出してしまい、反射的に眉間にしわを寄せる。
見慣れていようと薄れていようと、気分を害さないわけではないのだ。
「……完全に潜在化してたし、その内には消えてたやつだよ」
「そっかそっか」
ところで、と紀美は人差し指で自身の顎の辺りの輪郭をなぞりながら、目をきゅっと細めた。
目を細めるのは、紀美が何かを考えている時のクセだ。
「その、今回の現場で見た塗り潰された人影、それってもともと逆さまだった?」
紀美が何を考えているのかが読み切れず、一瞬だけ躊躇ったロビンだが、すぐに見たままを口にした。
「逆さまだったよ」
「……そっかあ。うん、そうだねえ」
考え込むように曖昧な言葉を繰り返した紀美は、一度目を伏せ、思案する。
「ねえ、ロビン」
少し待てば、そう呼びかけられた。
紀美は思案顔のまま、ほんの少し、口元に笑みを浮かべる。
「今回、僕は、キミ達に意図的に伏せていたことがある」
「……噂の根源と依頼主と噂の本当の関係性でしょ? オリカはともかく、ボクは気づくに決まってるでしょ」
だろうね、と紀美が呟く。
そして、立ち上がると、チェストの上、スピーカーの隣に並んだ複数の書類入れの一つからクリアファイルを取り出す。
「最初の噂が絶えたのは二十年ばかり前。じゃあ、その噂が最初に出たのはいつかって、ちょっと漁ったんだよ」
紀美が差し出したクリアファイルを受け取り、ロビンはその中身を改める。
中に入っているのは、ホチキスで留められた雑誌の記事や新聞のコピーの束だ。
ところどころに、紀美の崩し気味の文字でボールペンの書き込みが入っていたり、蛍光ペンで記事を囲んでいる箇所もある。
最早日本暮らし何年目か数えるのも馬鹿らしいと思う程のロビンは、とりあえず、ぱらぱらとその紙束を左から右に、捲って、捲って、捲り終えて。
「……センセイ」
「なんだい、ロビン」
ぼすり、とソファベッドに沈み込んで、膝を組んだ紀美がロビンを見上げてくる。
資料が時系列順に並べられた上で留められているのを確認して、ロビンは紀美を見た。
「……四十年ぐらい、前?」
「そう、四十年近く前。昭和の末期から平成初期、だよ」
手を組んで、まあ、憶測の部分もあるけどね、と付け足して、紀美の唇が弧を描いた。