008
「あっ、悠ちゃんごめんねぇ~。ほら杏里、悠ちゃんのこと頼んだわよ。母さんまだ、やることあるの。」
「分かった。」
「くれぐれも、失礼のないようにねぇ~。」
「もう、分かったってば。……全く、お母さんはいつもいつも。」
毎回毎回、ご苦労なことだ。そして、これも毎回同じ展開だ。愚痴り始めると長いからなぁ。最終的には何故か俺が攻められているし、過去のことを持ち出してきて、そこも攻められる。
そういうところで杏里の母に苦手意識を持ったのだろうと、今更ながら気づいた。つまり、杏里のせい。
「あははは。」
「何笑ってるのよっ。大体ねぇ、あんたのせいでしょ?で、用は何なの?」
「あ、ああ。杏里って料理できたよな。」
「ええ。それが?」
「弁当、作ってくれないかなぁ、って。」
「い・や。」
気持ちのいいほどの即答だった。ひどいっ。あんなことや、こんなこともした仲だというのに。まぁ、幼馴染だからな。色々とやることやってんのさ。一緒にお風呂入ったり、一緒の布団で寝たり、一緒にどこかに出かけたりとね。
もちろん、子供の時だけどね。くれぐれも勘違いしないように。って、誰に言ってるんだ?俺自身か。それしかないよな。変な俺。それはいつもか。わははのは。
「そこを何とか頼むよ。ほら、姫路さんと弁当食べる約束しちゃっただろ。それでさ、母さんに弁当がいるって言ったら、自分で作れって言われてさぁ。作ったことないって言っても、作ってくれないんだよ。だから、頼むよ。」
「嫌だよ。何で私があんたのために何かしなくちゃならないの?」
「神崎にも一緒に食うようにお願いするから、それで頼むよ。」
「分かったわ。いいわよ。ちゃんと春馬君呼んでよね。」
気持ちのいいほどの即答だった。ひどいっ。俺のお願いは否定しておきながら。神崎春馬の名前を出した途端聞くなんて。あんなことや、こんなこともした仲だというのに。まぁ、幼馴染だからな。色々とやることやってんのさ。一緒にお風呂入ったり、一緒の布団で寝たり、一緒にどこかに出かけたりとね。
って、さっきも同じくだりやったわ。二度目はもういらんわ。しつこいし。
「いやー、ありがとう。でも、意外だな。神崎のやつと毎日一緒に食ってるのかと思ったけど、違ったんだな。」
「そうなのよ。何故か、春馬君は昼休みどこか行っちゃうから、昼食一緒にとったことないのよ。」
「あー、そうなんだ。」
しくった。まさか、神崎春馬と昼食を食べていないとは。いや食べていたらこの提案の意味はなかったけど、でも一度も一緒に食べたことがないだなんてな。そんなにハードルが高いなら、俺じゃあ無理じゃね?
でも、今更無理とか言えないしなぁ。墓穴を掘ったか?これは。
「くれぐれも、頼んだわよ。これ、弁当あげる。」
「ありがとう。」
今日は学校にはいつも通り時間に着いた。昨日は妙に早くついてしまったからなぁ。こんな風に調子を狂わせられるとは、姫路さんには困ったものだよ。やっぱり、姫路さんは小悪魔なのだろうか?
姫路さんが小悪魔であるという疑いがずっと晴れないんだけど。雰囲気は天使のくせして。でも、小悪魔姫路さんも捨てがたいんだよなぁ。俺って、変なんか?Mなんか?ふっ、新たな扉開くべきなんか?
「小牧君。おはよぉ。」
「……姫路さん。おはよう。」
「ふふっ、何で反応遅れてるのぉ?」
それはね。誰かに挨拶されるなんて習慣無いからだよ。なんて我ながら悲しいセリフ吐けるわけもなく、笑ってごまかす他ないのだ。ついでに軽口でも叩いておけば完璧だ。
「あははは。姫路さんの声が美しすぎてね。聞き惚れちゃったんだ。」
「小牧君て、そんなキャラだったけ?」
「もともと、俺はこんな感じだけど。なんか変だった?」
「いやぁ、べつにぃ?」
なんだか含みがある言い方だなぁ。おらぁ、ずっと変わってねぇべ。素の自分を隠すなんてこと、するわけないべー。はっ堪らず、どこかの方便が出てしまった。本当にどこかの方便かは知らないんだけど。嘘なんてついていないのに、疑うから。全く、姫路さんったら。
「いや、なんだよ。」
「なんでもないよぉ。それより、ようやくため口だねぇ?」
「そうやって、願われたからね。ちょっと、無理してる。」
「そうなんだぁ。私のためにありがとぉ。」
はっはっはっ。ため口で喋ってたことなんて、気づきもしなかった。つい、中のテンションのまま話していたから、口調も適当になっちゃただけなんだ。ごめんよ、姫路さん。そして、過去の俺。やらかしてくれたなぁ?
これから、姫路さんにはため口でいかなくちゃいけないじゃないか。別に反感を買うほどじゃあないかもしれないから、いいけどね。それでもリスクは少しでも下げたかったんだが。朝だから、ボケていたんだろうね。
「お礼を言われるほどのことでもないけどね。」
「ふふっ、一昨日から、すぐ仲良くなれてよかったぁ。これでお弁当も一緒に食べれるねぇ?」
「あっ、はい。そうだね。」
えっ?その言い方、拒否権ないじゃん。否定したら、お前と仲良くない。って言ってるのも同然だし。そんな事ただの一生徒がクラスのトップのお方に言えるわけないじゃないですかぁ。嫌だなぁ。
えっ?本当に姫路さんは小悪魔なんですか?そうなんですよね。じゃなければ、天然で人を攻めてる究極のSなんですけど?究極は言い過ぎだけど、Sなのはそうでしょ。
「よかったぁ。昨日は断られたから、今日も断られたらどうしようかなぁ、って思ってたんだぁ。」
「あは、は。昨日は偶々予定があってさ。今日は弁当持ってきたから。大丈夫だよ。」
「ふふふ。昼食楽しみだね。」
「うん。楽しみ。」
にっこり。姫路さんって、恐ろしいわぁ。どうしようかって、どう聞いても脅迫にしか聞こえないんだけど?昼食逃げたら承知しないからなぁ。って言われてるんか?そうなのか?
問題ないよ。逃げないから。逃げたら、恐ろしいことになりそうだし。ボクモチュウショクタノシミナンダー。うん。そう思うことにしよう。その他のことは何も考えない。
「教室まで、あっという間だったね。」
「そうだねぇ。もう少し小牧君とお話していたあかったんだけどなぁ。」
「まぁまぁ、弁当の時にお話しましょ。楽しみに立っておいてもいいじゃん。」
「そうだねぇ。昼食、楽しみにしておくねぇ?」
語尾を疑問形にしないでぇぇぇえ。怖いから。脅迫されてるようにしか聞こえないんやけど。勘弁してちょ。もちろん、僕は逆らいません。何故なら、善良な一般市民ですから。
「はい。もちろんです。」
「ふふ。」
「あはは。」
どうぞ、姫路さん。早く教室の中に入ってください。そして、俺を解放してください。そろそろ、周りの視線も痛いし、耐えられません。あとはステルスモード(ぼっち標準装備の空気を薄くする技術)に入って、姫路さんの光に紛れてするっと入るから。
「おはよぉ。」
さて今日も一日、学校が始まった。地獄となるか、天国になるか。うーん。天国になることを祈っているよ、姫路さん。信じてるよ。何てったって、姫路さんは天使様なんだから。