007
翌朝、目が覚めて一階に降りていく。そうすると、すでにそこには母さんがおり、マグカップを片手にテレビを見ていた。特に何でもない一日の始まりだ。
ちなみに、母さんが朝飲むものはローテーションしているみたいで、コーヒー、紅茶、緑茶、ミルク、水、青汁など今では多すぎて、よく分からないことになっている。ローテーションとか言いながら、飲み物の種類が前後するのは、母さんがよく健康の特番を見ては試したりしているからだ。
特にこだわりはないらしい。でも、不思議とローテーションはしている。どうでもいいことだけど。ほんとにどうでもいいけど。
「おはよう。」
「おはよう。あんた、今日は弁当なんだって?」
「うん。クラスメイトに誘われてさ。」
「あんた。」
クラスメイトに誘われたと言ったら、何故か涙目になる母さんだが、訳がわからない。別にクラスメイトと一緒に食べるくらい、高校生なら普通でしょ。まぁ、ぼっちの俺だ。常に昼食は一人だったのは確かだ。
しかし、息子がぼっちだってことは親にはばれていないはずだ。悟られるようなことは言ってないし(全く高校のことを話していないだけ)。変な行動はしていないはずだけど。
「何、泣きそうになってんだよ。」
「だって、あんた友達いなかっただろう。それなのに誘われるだなんて。」
「知ってたんかい!余計なお世話だよ!!こっちが泣きたいわっ。」
「そりゃあね。あんた、高校に入ってからも、一度もどこか遊びに行ったわけでもないし、いつも帰ってくる時間が遅くなるわけでもなかったでしょ。分かるわよ、家族なんだし。」
まさかの変な行動をしていないからこそ、ぼっちだってばれていたとは。不覚。じゃあ、今まで妙に優しいときがあったりしたのは、そう言うことなのか?マジで恥ずかしいんだが。
「はぁ、まあいいよ。弁当ありがとう。」
「えっ?」
「ん?」
「弁当なんて作ってないけど?」
「はぁ~!?」
衝撃の事実発覚。昨日の夜に明日、弁当がいるって伝えておいたはずだが、未だに弁当が出来ていないらしい。それに母さんの物言いから、全く手が付けられていないことが、伺われる。どうしよ。
「作ってほしいって頼まれてないし、てっきり自分で作るものかと。」
「俺、料理なんてしたことないんだけど!?作れるわけないじゃん。」
「じゃ、これを機に頑張りなさい。私忙しいから。」
えぇ?そんなことある?頑張れだけって。それにたいして忙しくないだろ。特に仕事に行っているとかでもないし、家事をやるって言っても、実際にかかる時間はそんなに多くないはずだ。休日とかに料理以外の家事を手伝うことはあるから分かってるんだぞ。
「ちょっと~?えぇ、待ってよ。……おいおい、そのままスルーかよ。」
「おはよう。」
「お父さん、おはよう。」
「どうしたんだ。台所に立って。」
「母さんが自分で弁当作れって。」
「あははは。そうか。頑張れよ。」
似た者夫婦かよ。どっちも頑張れしか言わないなんて、ちょっとした異常でしょ。もっとあるでしょ。普通の反応というかが。まさか、本当にそれだけなんてことはないだろうな?勘弁してくれよ。少しは手伝ってくれてもいいじゃん。
「えっ?それだけ?なんか、言うことあるでしょ、他に。」
「あるか?無いと思うんだが。」
「母さんの無茶ぶりに、何かしらの反応はあるでしょ。普通。俺、料理作ったことないんだって。」
「梨花の無茶ぶり何て、いつものことだろ。今更、何を言っているんだか。」
梨花というの母さんの名前だ。父さんに母さんはいまだにお互いのことを名前で呼ぶほど仲がいい。普通なら、名前呼びじゃなくて、おいとかお前とかそういう風になってもおかしくないと思うんだが。
まぁ、仲がいいのは悪いことじゃない。たまにデートをしていたり、二人だけの時間をつくったりと、お互いを尊重しているのは分かるから。
しかし、そう言うところまで、真似なくていいじゃん。母さんが無茶ぶりするって分かってるのなら、フォローしてくれてもいいじゃん。なんで、こうなるんだ?
「いや、そうだけど。もっとこう。……もういいよ。」
「そうか?まぁ、今の時代、スマホでなんでも調べられるからなぁ。まぁ、頑張れよ。」
「ちくしょう。どっちも薄情すぎだろ。やったことないって、言ってんだろ。」
しかし、文句を言っても始まらない。父さんの言う通り、スマホで調べてみる。レシピを調べれば出るわ出るわ。確かに、今の時代スマホでなんでも知ることはできるかもしれない。しかし、瞬時に技術を会得することはできないのだ。
結論。料理、作ったことないから分からん。この答えに至った。駄目じゃこりゃ。
「はぁ~、スマホで調べれれるって言ってもなぁ。困ったなぁ。今日は諦めて学食にするか。それか確か、杏里は料理できるって言ってたよなぁ。たかりに行くか。」
「は~い。」
「あっ、どうも。小牧悠馬です。杏里さんいますか?」
「あらあら、悠ちゃんじゃない。久しぶりね~。」
苦手なんよな。杏里の母さん。押しが強いというか。我が強いというか。こちらの話を聞いてくれずに、自分の話したいことだけ話すみたいな。これこそマシンガントークみたいな?そんな感じのだ。
もはや、対話ではなく、宗教かなんかの説法かと思うくらいだ。まぁ、まだましなのは一応静止できるどころか。自分でも、お喋り好きという自覚があるのか、静止したら一旦は止まってくれる。その後すぐに、話し始めたりするけど。
「久しぶりですー。もう、悠ちゃんって年でもありませんよ。少し、気恥ずかしいですねー。」
「そうね~。男の子は成長早いって言うものね~。それにしても、立派になったわねぇ~。杏里なんて、まだ全然子供だって言うのにね~。」
「いえいえ、俺もまだまだですよー。それで、杏里さんはいますかー?」
「あらあら、ごめんねぇ~。おばさんの無駄話に付き合わせちゃって。すぐ呼ぶわぁ~。杏里~。悠ちゃんが来たわよ~。」
うーん。なんというか。よくいるお母さんだよな。もしくは近所に住むおばさん?人がいいというのだろうか、こういう人は近所付き合いが上手いのだろうな。自分とは正反対みたいな感じがするから、なんとも言えない気分になる。
「悠馬が?ほっときなさいよ。そんな奴。」
「こらっ、お客様に滅多なことを言うんじゃありません。ごめんねぇ~、悠ちゃん。あの子も照れ隠しで言ってるだけだから。気にしないでねぇ~。」
「あっ、はい。」
「お母さん。勝手なこと言わないで。大体、お母さんは人の話を聞かないんだから。毎回毎回言ってるでしょ。何回言ったら分かるの。」
言い合いの喧嘩が始まった。喧嘩といっても、そう激しいものでなく、怒っているような感じでもない。いつも通りの会話を繰り返しているだけだ。ここだけ、時間がループしていたりするのだろうか?と思うくらい何度も何度もしている。
最近は母と娘のコミュニケーションなんだなぁ、なんてほのぼのした感じで見ている。とはいえ、今日はあまり時間ないから早くしてほしいんだが。まぁ、すぐ終わるから待つか。