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044 ※愛理さん視点

 私は一人部屋にいると何故だろう、今日は妙にこの部屋が広く感じる。いつもはそうは感じないのに、逆に狭くさえ感じるはずなのに。今日だけは何かが足りないように、自分が取り残されたように感じる。

 その時に部屋にノックする音が響く。まだ両親は帰ってきていないはずだから、これはお兄さんだろう。この時ばかりはお兄さんの存在に感謝した。完全に穴を埋めるには足りないけど、それでも少しは気が紛れると分かっているから。


「愛理、今いいか?」

「どうぞ。」

「愛理。どうだった?」


 案の定、お兄さんだった。いつもと変わらぬそんなお兄さんの姿に今は何故だか心の底から安堵した。何も私は変わらないはずなのに、何かが変わってしまったように感じていたから。でも、確かに変わらず日常はそこにあった。

 お兄さんの質問は曖昧だった。質問の意図をこちらに委ねるように、私の感情を整理させるように、そんな風に自問させるように。だから、今日みたいなときは嫌だ。気づいてはいけないようなことを気づいてしまいそうで。気づいたら何かが変わってしまいそうで。


「お兄さん。どうって?」

「質問を質問で返さないでくれよ。色々だよ、色々。」

「んー、楽しかった、かなぁ。」

「なんだか曖昧だな。」


 曖昧なのはお兄さんの方でしょ?そう言い返したかったけど、だけど雰囲気が許してはくれない。お兄さんの見透かすような透明感のある黒の瞳は私の眼を一度も話してはくれない。だから、こちらも曖昧に誤魔化すしかないのだ。それさえ悟られていても。

 それに噓ではない。確かに今日は楽しかった。ほとんど悠馬君と話してはないけど、真剣な表情、困った表情、悩んでいる表情。そんな色々な表情が見れた。そのたびにこんな表情もするんだとか、思わず笑みがこぼれてしまいそうになった。


「悠馬君ほとんど寝ていたから。」

「そうなのか?疲れてたのか、悪いことをしたな。」

「もうっ、そうだよぉ。急に悠馬君を連れてくるんだからぁ。」

「ははは、ほぼ無理矢理だったからな。でも、愛理は楽しかったんだろ。」


 無理矢理。やはり悠馬君とお兄さんは仲良くはないのだろう。どういう繋がりがあって家に招いたかは分からないし、多分お兄さんに聞いても悠馬君と同じように誤魔化されるだろう。だから聞かない。けど知りたくもある。なんだか複雑だ。

 それに二人だけの秘密ってなんかヤダ。


「そうだけどぉ。でも、悪いよ。やっぱり。」

「まぁ、謝っておくさ。愛理が楽しんだならよかったよ。」

「うん。そこだけは感謝してもいいかも。」


 うん。確かに休日にまで悠馬君に合えたのはお兄さんのおかげ。でも、悠馬君に無理をしてほしくないのも本当。それでも休日にも会いたいと思うのは我がままだったりするのかな?悠馬君は嫌だったりしたのかな?不安だ。


「ははは。しかし、始めてくる人の家でなるなんて、結構あいつも図太い奴なんだな。」

「ふふっ。それは確かに。悠馬君ってそういうところあるからねぇ。」

「そうなのか?」

「うん。放課後の教室で寝てたり、起こしたら寝たふりを続けようとしたり、ふふっ。見てると飽きないなぁ。」


 懐かしいなぁ。ほんの数か月前なのに随分前のように感じる。遊園地では私がはしゃぎすぎちゃったし。体育祭では一緒に走ったりとか。お題は……少し恥ずかしかった。どれもこれもがいい思い出。一生忘れない宝物。

 それにそれに、なんてことない日常。ご飯を一緒に食べたり、学校でお話ししたりそんな些細なこともかけがえのない大切なものなんだ。私の人生で大切なこと。守っていきたいもの。悠馬君との思い出。


「いい関係だな。」

「うん。ずっと続けばいいんだけどねぇ。」

「高校卒業してもか?」

「うん。大学生になっても、社会人になっても、ずっと続けば……。」


 ずっと、ずっと。たとえ途中で進路が違えても、喧嘩なんかしてしまっても、それでも一つ一つ道を重ねていければ……。それはそれはどんなにいいことなんだろうか。


「それほどいいことはない、か。」

「そう。最高の結末だと思うなぁ。」

「あいつは愛理にとって特別なんだな。」

「特別……。特別だけど、でも杏里ちゃんも、神崎君も同じだよ。」


 そう、特別。いつからかは分からないけど特別だった。悠馬君と話す前から特別だったのかもしれない。愛理ちゃんの愚痴のようで愛のこもった文句。うざいとか言いながら楽しそうに話すその顔はきらきら輝いていて、素敵な人なんだと思わされた。

 だから最初から特別だったかもしれない。初めて話した時もただの他人とは思えなかった。昔から知っていたようにさえ感じた。そんな、特別……。


「……そうか。それにしては……いやなんでもない。」

「何?言いかけてやめないでよぉ。」

「ははは。気にしないでくれ。」

「むぅ。まぁいいけどぉ。」


 気にしない方がいいことだ。きっと。それ以上検索しない方がよい。聞いても答えてくれやしない。私も……分からない。今はまだただの特別な友達なのだから。その方がきっと変わらないまま歩み続けられるから。


「クッキー美味しく食べてくれるといいな。」

「うん。……うん?渡したこと何で知ってるの?」

「おっと、いけね。さて、ここらで俺は退散するぜ。」

「待ってよぉ。どこまで知っているの?」


 まさか寝顔をひそかに撮ったことも?勝手に寝ている人の頭をなでていたことも?実は悠馬君の言葉で照れていて、きっと耳が赤くなっていたであろうことも?全部、全部見られていたの?そんなの本当に恥ずかしい。

 さっきまでの雰囲気はどこかへ消えて今は恥ずかしさのみが心を占める。本当にお兄さんの意地の悪いところが嫌いだ。そして、そんなところに……救われた。


「ははは。妹のことで分からないところはないさっ。さらばだ。」

「お兄さんのバカぁああああ。」


 私の叫びが空しく部屋に響き渡った。そのころには最初感じていた物足りなさや疎外感、空虚さは心の中から消えていた。

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