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 勉強が始まって早1時間。意外と時間が経つのは早く緊張なんていうものも遠く通り過ぎて行ってしまった。この一時間はずっと真面目な空気が流れていて、二人っきりの空間といっても案外、慣れてしまうものだ。

 目と目が合うだとか、手と手が触れ合うだとかそんな甘酸っぱいものを期待しなかったかと言われれば嘘になる。でも、本当になかったんだ。この空間に慣れるほどには。いっそあって欲しかったとも。それはね、僕も男の子だし?ねぇ~。


「悠馬君。」

「うぇ、な、何?」

「うん?どうかしたのぉ?」

「いや?何でもないけど。」


 一つ凛とした声で名前を呼ばれたので、心が見透かされたかと思ったよ。勉強中に邪なことを考えているんじゃないと。でも、そんな訳ないよな。だって人間だぜ?心が読めるエスパーでも、人の頭の中を覗き込める超能力者でも何でもない普通の人間なんだから。


「そう?ならいいけどぉ。結構時間も経ったし、休憩にしない?」

「あれ?一時間しか経っていないけど?」

「本当は25分勉強したら5分休憩をはさむといいって聞いたんだよぉ。それでも集中出来ているうちは時間を区切る意味もないかと思ってそのまま続けていたけどぉ、悠馬君も少し集中力が落ちているみたいだからねぇ。」

「そ、そんな事ないけど。」


 げげ、やっぱり見透かされてんだケド!?な、何故に?そんなに分かりやすくきょろきょろしていたかな?そんな訳ないよね。どこかの偉い人教えてくれぇ。そんなに俺って分かりやすいのですか?


「嘘。分かるよぉ。悠馬君とは確かに付き合いは短いけど、杏里ちゃんから色々と話は前から聞いていたからねぇ。」

「うっ……。杏里のやつ何を話していたんだ?」

「あはは、心配しなくても変なことは聞いていないよぉ。褒めてたよぉ、悠馬君のこと。」

「信じられねぇ。」


 いつも悪態をついてくる杏里だぜ?信じられるわけないじゃないか。まぁあ、嫌われているってことはないし、認められている感じもするから実際は俺のこと心の中ではずっと褒めたたえているのかもしれないけど、そんなことあるわけないしぃ。えへん。


「ホントだよぉ。あの子、素直じゃないからねぇ。分かっているでしょ?」

「いや、まぁ。幼馴染だしね。」

「妬けちゃうなぁ。」

「えっ?……ああ、杏里との付き合いが俺の方が長いからね。」

「……。そうだね。」


 何だろうな、その表情は。分からない、分からないよ。憂いとも取れそうなそんな表情は。ただの思春期の学生の妄想かもしれない。身勝手にそうであってほしいと思っているから見える幻想かもしれない。どうだろうか。

 でも、確かなのはそんな表情はあまりさせたくはないということだ。愛理さんにはずっと笑っていて欲しいと、そんな風に思う。なーんてな。己の心の中流れ、恥ずかしいというか、気持ち悪いというか、これこそ身勝手だな。


「……。」

「……。」

「……あはは。えっと休憩って何をするんだ?」

「そうっ。今日の朝クッキー焼いていたんだぁ。だから、それを食べようかなぁって。」

「ええ?愛理さんってクッキー作れるの?」


 とんでもなく下手な話題転換。それに圧倒的なヘタレさ。でもいいんんだよ。なんとも微妙な空気。それが解消したことに俺は心からほっとしたから。あのままの空気だと、いくら身があっても持たないよ。ちょっと俺には難しすぎる。


「うん。たまに作ったりするんだぁ。愛理ちゃんにもあげてたりするんだよぉ?」

「全然知らなかった。クッキー作れるなんてすごいなぁ。俺は料理はからっきしだから。」

「ふふっ。仕方ないよぉ。料理ってお母さんがいると中々作らないよねぇ。私もお菓子以外の普通の料理は全然だから。今から持ってくるから待ってて。」

「分かった。ありがとう。」


 ふぅ~、ちょっと疲れたな。なんだか眠いし。でも人の家で眠るわけにはいかないし、……な。でも、ちょっと。ちょっとだけ……だ。




「うーん。……はっ。」

「おはよ。悠馬君。」

「あ、はは。おはよう。寝てたみたい。」

「ふふふ。……うん。」


 えっ?なんすか?愛理さんも流石に怒ってしまわれました?流石にホストをほったらかして寝ていたのはまずかったのかな?だから、その手を下げてくれませんか?でも、愛理さんのおしかりなら甘んじて受け入れるべきか。

 って、えっ?あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!おれは愛理さんのおしかりを待っていたはずだ、なのに愛理さんに頭をなでられているぜ…。な…何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…。頭がどうにかなりそうだった…。


「うぇ、な、何?」

「寝ぐせ付いてるなぁと思ってぇ。」

「い、いいよ。そんなの。」

「……ぁ。いや、だよね。ごめんね。」


 思わず振り払った手を見て愛理さんがしょぼんと肩を落とした。そして悲しそうな表情に光のない目で言葉を紡ぐ。何かを、感情を押し殺した声音で深く、辛そうに。やってしまった。やってしまった。やってしまった。

 ただ恥ずかしかっただけなのに、そんな顔をさせたかったわけじゃないのに、どうしてだろう。どうしてこうなったのだろう。焦りの中で俺は一生懸命言葉を紡ぐ。それは確かに音となって愛理さんの耳に届いただろうか?焦りだけが積もる。


「うっ、あっ。い、嫌じゃない。こっちこそ振り払ってごめん。」

「……。うふふ。うふふふふ。」

「あ、愛理さん?」

「うふふふふ。冗談だよぉ。悠馬君のこと分かっているよぉ、ね?」


 安堵。安心。笑った愛理さんの表情に俺の心は安寧を得た。驚くほどに怒りといった感情はわかなかった。どこまでも深く、深い安寧。それが何よりも物語っていた。事ここに至ってようやく理性でも、本能でも真の意味で悟った。

 愛理さんのことが俺は好きだと。他人に言われてそうなんだろうと自分に言い聞かせたわけでも、表面上分かった風にしていたのでもない。心の奥底から納得できた答えだった。


「なっ、くっ。……冗談でも愛理さんの悲しんだ顔を見たくないんだ。愛理さんには笑っていて欲しいから。」

「なぁに仕返し?私を恥ずかしめようとしているのかなぁ。いやん、厭らしっ。」

「うっ、まいった。俺の負けだよ。」

「えっへん。私の勝ちぃ。ぶいっ。」


 こちらに満面の笑みとピースをしてくる愛理さん。可愛い。それと同時に敵わない。そう思った。一生かかっても俺は愛理さんには勝てそうにない。そして、そんな自分も自分は受け入れ認められそうだ。敵わなくてもいい。そこに居てくれさえすれば。


「愛理さんが満足そうでよかったよ。」

「うん。今日は大満足だよぉ。でも、悠馬君にクッキーを食べてもらえなかったのだけは不満だなぁ。」

「ごめん。家に帰ってから食べるからさっ。愛理さんのクッキー貰えると嬉しいかな。」

「うふふ。いいよぉ。じゃじゃーん。そういうと思ってラッピングまでしたんだ。はい、悠馬君にプレゼント。」


 可愛いピンクのリボンがついた袋を渡された。丁寧にラッピングしてあって、愛理さんの真心を感じる。ってか、異性にプレゼントをもらったのって初めてなんだけど。物凄く嬉しい。あっ、杏里からのプレゼントはないことにする。


「ありがとう。本当にうれしい。」

「うん。そう言ってくれて私も嬉しい。……名残惜しいけど、そろそろ時間だねぇ。」

「うん。今日はありがと。」




 さようならは言わない。この今の楽しい気持ちも消えてしまいそうで、だから代わりにこう言うんだ。愛理さんも同じことを思っていてくれますようにと祈りを込めて。


「またね。」

「うん。またね。」


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