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「お待たせしましたぁ。」
「イエイエ。」
「それで悠馬君は勉強しに来たんだって?」
「エッ、ハイ。まさか愛理さんの家だったとは。」
戦々恐々とはこのことか。どこまで兄から聞いたのか。にこやかな様子からからは特に悪い情報を聞いた感じはしないけど、全くもって分からん。あの先輩の野郎。本当に余分なことをしてくれたものだ。
それはそれとして今の状況はどうすれば好転するのだろう。愛理さん視点だと何故か家に急に来た同級生とかそんな感じだろうから。そんな同級生って普通に考えてみたら怖いな。自分だったら家に引きこもっていなくなるまで出てこないわ。
「私もびっくりだよぉ。まさか私の家に悠馬君が来るとは思ってもみなかった。」
「アハハ。」
「それにしても勉強なら私に相談してくれればよかったのに。何でお兄さんなの、もう。」
「それはごめん。」
「ごめんって、まあいいけどぉ。それでお兄さんとはどこで知り合ったの?」
「えーと……。」
あなたのファンクラブです。とは流石に言えないよなぁ。ってか、あの組織って兄公認の組織だったんだ。妙に統率が取れているし、変なルールを会員が守っているから変だなぁとは思っていたんだよな。それに妙なことがもう一つ。
それは何故かファンクラブが三年前からあることだ。そう、愛理さんが入学する一年前からファンクラブが学校内に存在したというわけだ。なんと恐ろしいことか。怪談か何かかと最初聞いたときは思ったものだ。誰が作ったのかあの時は疑問だったけど。あの先輩か。
「まあまあ、そんなことはいいじゃないか。ずっとお客さんを玄関に立たせるのは違うと思わないかい?」
「お兄さん……。」
「ハハハ。ほら、小牧君こっちだ。」
「お邪魔します。」
救われた。……救われたのか?状況がより悪くなっただけのような気がする。けど、今を逃れられるのならそれで十分さ。次の問題は次の自分に任せよう。数分後の俺よ。どうかその状況を乗り越えますように。
「全く、お兄さんはいつもそうなんだからぁ。」
「改めて、ようこそ姫路家へ。」
「お、お世話になります……?」
「アハハ。そんなに緊張しなくても大丈夫だ。取って食うなんてことはないからな。」
嘘をつけ。絶対にこうなるのを分かっていて呼んだくせに、白々しい。短い付き合いながらこの先輩のこういうところは分かる。性格が悪いというのかな。自分の楽しみのために全力を出す、いい性格をしていることは間違いないだろう。
「いや、あははは。」
「お兄さん。悠馬君が困っているじゃない。」
「ふーむ。困ったなー。あーそうだ。愛理が小牧君の相手をしてやってくれー。交流の浅い先輩がいるのもおかしいからなー。」
「……その棒読みは何なんですか。」
やっぱり碌な先輩じゃあない。わざととしか思えないほど見事な棒読みっぷり。それに交流の浅いって分かっているのなら、家に招待なんかするなよな。おかしいやろ。可愛い可愛い後輩になんて酷いことをするんだ。
「棒読みなんて、そんなっ。すべて僕の本心からの言葉さっ。では、あとは若い二人に任せようではないか。さらばだっ。」
「えぇ?」
一つの部屋に男女が二人っきり。何も起きないはずがなく……。なんてこともない。そんな何かが起こる様な度胸が俺にあれば、とっくのの昔に告白でも何でもしているっての。行動を起こさない限り、何も起きるはずないのだから。
「お兄さんがごめんねぇ。」
「い、いや。全然問題ないけど。」
「あはは。そう言ってもらえると助かるよぉ。それで悠馬君は勉強をしに来たんだってぇ?」
「うん。そういうことになっているね。」
いつの間にやら、そうなっていたらしい。たぶん、さっき愛理さんに連れ去られた時にそういう話、言い訳をしたんだろうけど。言い訳にしても適当すぎやしないか?だって、俺は今日勉強道具なんて持ってきていないんやぞ?無茶苦茶じゃあないか。
「そういうことになっている……?」
「あっ、いや。何でもないよ。」
「そぉ?まあ、いいけどぉ。それじゃあ、勉強しようか。」
本当に勉強するんだ。いや、じゃあ勉強以外の何をするんだって話でもあるんだけど。ってか、自然に愛理さんと一緒にやることになっているけど、勉強に付き合ってくれるんやな。流石愛理さんだ。優しいことこの上ない。
「よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」




