036
ようやくこれで解放された。いやまだ解放はされていないか。だが、今日で地獄からは解放される。そう、今日は体育祭の日。それは解放の日。毎日あった体育祭の練習という地獄から解放される日。いやった―――!!
滅茶苦茶嬉しいわ。ここまで体育祭でテンションが上がったのは初めてだぜ。何なら、この学校で今一番テンションが高いのは俺じゃないか?それはないか。今、すんっとしたわ。賢者タイム的な。俺、何やってんだろ。
「はぁ~。」
「なぁに?ため息ついて。」
「愛理さんか。」
嫌なところを見られたな。ほら、ぼっちは空気を読んでこそだろ。なのに楽しそうな雰囲気のところに、水を差すようにため息なんてぼっち失格だ。まぁ、俺はぼっちじゃないからな。
これはもう自虐ネタにも出来ないな。実際にぼっちじゃなくなってるし。ふっ、俺も成長したものだぜ。ぼっち卒業なんて夢にも思わなかった。
「愛理さんか。って何よぉ。私じゃ悪かったぁ?」
「えっ、そんなことないよ。むしろ愛理さんでよかった的な?」
「ふふふ、何それぇ。」
「いや、杏里だったらもっとめんどくさいことになっているよ。」
そうだ。ぼっちは卒業したんだ。次はかの邪知暴虐な王を除かねばなるまい。あやつにはこれまで散々苦しまされてきたんだ。自由・平等・博愛の精神で挑むのだ。待っていろカーストトップに君臨する暴君よ。
「私がなんですってぇ?」
「うげっ、杏里。」
「うげって何よ。失礼な。」
ま、まさか本人が現れるなど。あ痛たたた。こいつ、どこでこんな技を習得してきやがったんだ。柔道だか、プロレスだか知らないが、寝技を仕掛けてくるなど。前はこんな技覚えていなかっただろうに。
こ、降参だ。俺がさ、逆らおうとしたのが悪かったんだ。だ、だから放してくれ~。ってか、ガチで痛い。泣きそう。
「ふふふ。」
「いや、笑ってないで助けてくれよ。」
「愛理、こんな奴助けなくていいから。」
「いや、杏里は今すぐやめろよ。」
これガチで。マジでやめてほしい。剝がそうとすればするほどなんか痛いんだ。抵抗をやめても痛いし、最悪だこれ。どういうこった。誰かマジで助けてほしいぜ。春馬でも来ないかな。そしたら杏里もやめるだろ。
「ははは。皆いつも通りみたいだね。」
「いや、春馬も笑ってないで助けてくれって。」
「ふふふ。実家のような安心感。」
何故だ。何故だぁああ。春馬が来たのに全然力弱まらないんやけど!?何なら逆に力が強くなっているし。これはまずい。頭が痛いぜ。比喩じゃなくて、物理的に。いや、そっちの意味でも頭痛いけど。
「冗談はいいから、助けてくれってぇ~。」
「悠馬君の種目は借り物競争だったよねぇ?」
体育祭のいくつかの競技が終わったころ、一緒に観戦していた愛理さんが話しかけてきた。って、俺が出る競技覚えていたんだ。ナレーション風にしようと思ったけど、驚きで素に戻っちまったぜ。
「そうだよ。そういう愛理さんはチアだっけ。どんな感じなの?」
「う~ん。そうだねぇ。秘密~。午後一番は楽しみにしててねぇ。」
「うん。楽しみにしておくよ。」
楽しみにしていてなんて自分で言うなんて。ぐへへ、おっさんがちゃんと頭のてっぺんから足の先までじっくりねっとりと見ててあげるよ、ぐへへ。って、誰がおっさんじゃーい。まだぴちぴちの高校生だっつーの。
まぁ、冗談は置いといて愛理さんのチアは純粋に楽しみだ。あの杏里もチアをやるみたいだし、ふはははは。杏里よ今からでも震えていろ。愛理さんに目が集中して、自分に視線が来ない屈辱をかみしめるがいい!!
「ふふ、楽しみにしておいてぇ。」
「すごい自信だね。」
「練習してきたからねぇ。」
「俄然、楽しみだよ。頑張ってね。」
ほほう。ここまで自信満々に言うんだ。楽しませてもらおうじゃないか。その前に午前最後の競技が残っているんだよなぁ。それも借り物競争。何故にこんな盛り下がる競技が最後なんや。
「悠馬君こそねぇ。」
「あはは、こっちは頑張るほどのものじゃないよ。」
「でも、悠馬君はちゃんと最後まで練習来てたからねぇ。」
「それは……。あっ、春馬の番じゃん。応援しなくちゃな。それに待機場所に行かなくちゃっ。アドュー。」
て、照れたわけじゃないんだからねっ。はら、友達の番だからあん。本気で応援しなくちゃ。それこそ友達の役目ってもんだろ?だ、だからこれは逃げたわけじゃないんだからねっ。
「ふふふ、そうだねぇ。」
流石は春馬、すごかった。ここまでほとんどの競技は圧勝だった。でもさっきの100m走だけは辛勝という感じであったので驚いた。相手は同じ部活の人だったみたいで春馬をライバル視しているみたいだった。
しかし、春馬相手にライバル視というのはすごいな。超人に対して勝つ気で挑むなんて普通は出来ないぞ。俺だったら記念にとかならいいけど、春馬と真剣勝負なんてしたくない。絶対に負けるからな。
「借り物競争の人、並んでください。」
「だりぃ。」
「はぁ~。」
こいつらやる気無さ過ぎだろ。流石にあまりにやる気無さ過ぎて心配だぜ。ふっ、まあいいさ。ここは一位を貰っていくぜ。
「よーい、ドン。」
おっそっ。こいつらがやる気ないのは分かるけど、だらだらやりすぎだろ。ま、まあ幸運だな。これで一位は確定だぜ。ガチ勢のクラスメイトに怒られることはないだろう。
「お題はっと。……な、なにっ。」
こ、これは何ということだ。一位をとったとしても代償がデカいぜ。っく、しかしどちらにせよ勝たねばなるまい。覚悟を、覚悟を決めるんだっ。
「そう、覚悟を決めるんだ、俺。」
「愛理さん。着いてきてください。」
「えっ、私?」
「うん。」
うっ、くっそ緊張する。こんなお題がでさえしなければ。ってか、あいつらがやる気ないのこれのせいだろ。これを知っていたからこそ誰かを晒しものにしようと。一位だけだからな。お題が晒されるのは。この時までなめていたぜ。この競技の本当の恐ろしさってやつをよぉ。
「いいけどぉ。お題は?」
「あー、……とにかく着いてきてくれ。」




