031
あの後は特に何事もなく終わり、家に帰宅中だ。それにしてもさっきの話は伝えるべきなのだろうか。春馬は秘密だと言っていたから、本来なら秘密にしなくちゃならないんだけど、それではあまりに杏里が救われない。
幼馴染か、クラスメイトか。まぁ、決まっているよな。幼馴染だ。それに杏里に口止めすればいいんだ。そうすれば大丈夫なはず。恨みから広められる可能性もあるけど、杏里はそういうタイプじゃないはずだから。
「杏里。」
「何よ。そんな神妙な顔をして、気持ち悪いわね。」
「なっ、気持ち悪くはないだろ。……えっ、本当に気持ち悪い?」
「……。」
ち、沈黙ってどうなんだよ。怖ぇだろ。やめてくれ。ほ、本当に気持ち悪いのかなあ?ガチで凹むんだが。でも、一応俺の顔は平均以上のはずだ。た、単純に見慣れていないってだけだろ。
それでも、普通に凹むんだけど。
「な、何とか言ってくれよ。」
「……何も言えないわ。それに言って欲しいの?」
「やっぱりいいや。気持ち悪くないことなんて、言わなくても分かるでしょ。ってことだとそう思っておくから。……そうじゃないと、心折れるし。」
「……そう思うなら、それでもいいと思うわ。」
な、何なんだよ、その答えは。えっ、ええっ?どうななんだ。聞きたくないけど、めちゃくちゃ聞きてぇ。でも、聞いて嫌な答えだったら絶対に凹むしなぁ。うーん。嫌だ嫌だ。聞いても、聞かなくても凹むやつ。
「そ、そうか。」
「……。」
「って、そうじゃなーい。」
「何よ。いきなり叫んで、気持ち悪いわね。」
「なっ、……って二度目はやらないぞ?」
「もともとあんたが勝手にやったんでしょ。」
「そうですね。」
確かにその通りです。でもね、杏里さんが悪いと思うの。急に人のことを気持ち悪いなんていうんだから。って、それはいつものことか。……泣いちゃうぞ。いつも気持ち悪いって言われてるってことだよね?
つまりは今のやつもきっも。とか思っちゃってんだろうなぁ。うっ、あまりのショックに吐きそう。
「全く。何か話でもあるのかしら?」
「あ、ああ。杏里に言っておいた方がいいことがあって。」
「何よ。さっさと言いなさい。」
「……。先に言うのを邪魔してきたのは、そっちだろ。」
「何か、言ったかしら?」
うわぁ、流石の地獄耳。ボソッと呟いただけなのに、絶対に聞こえてるよ。見てみろよ。杏里の背後に鬼が見えるくらいだぜ。ひぃ、恐ろしい。下手な犯罪者よりもよっぽど怖いのはどうしてなんだろうな。
ああ、杏里自身が人間じゃなくて、鬼だからか。犯罪者は人間だもんな。鬼の方が怖いに決まってる。そんなことを考えているだけでも、圧が強くなってるもん。怖いよぉ。心までは読めないと思うけど、うん。
「いいえ、何でもございません。」
「ほら、無駄口叩いてないでいいから、さっさと言いなさい。」
「はいはい。」
「それでだな。今日聞いた話なんだが、春馬に許嫁がいるみたいなんだ。」
「それで?」
「えっ、いや。それで?って言われても。許嫁がいるんだぞ?」
「それがどうしたのよ。」
そ、それで?って。ど、どういうことだってばよ。許嫁って聞いて微塵も動揺しないのは可笑しいだろ。流石に肝が据わってるレベルでは済まないぞ。えぇ?わけわかめ。……杏里は略奪愛を覚悟の上って言うのか?
「略奪愛は今どき流行らないぞ。」
「略奪愛?何の話をしているのよ?」
「だって、杏里は春馬のことが好きなんだろ?」
「はっ?……ああ、そういうこと。あなたって、案外恋愛脳だったのね。」
「はっ?どういうことだよ。」
れ、恋愛脳って。バカにしてますよねぇ?それを言うなら、ロマンチストにしてくれませんか?そっちの方がカッコいいし!!謎が謎を呼んだな。許嫁に無反応。略奪愛には恋愛脳?つまりは……そういうこと?
うん。訳わからんわ。考えてもらちが明かんし、頭がこんがらがるだけだ。そして、俺は考えるのをやめた。
「私は春馬のことを恋愛的な意味で好きってわけじゃなくて、アイドル的な意味で好きなのよ。」
「な、なんだよ、それ。」
「それに許嫁のことも知っているわ。前に街中で偶然出会ってね。実はさっきも許嫁の娘いたのよ?」
「は、はぁ~?」
な、なな、ななな、なんだってぇ~!?しょ、衝撃の事実や。大スクープもいいところじゃないか。ま、まさかのアイドルを推す的な意味だったのか。そんなの予想できるかっての。これが予想出来たら、名探偵様様や。
それにしても、恋愛脳か。高校生で好きは恋愛の好きだと思うだろ、普通さ。それを恋愛脳って言うのは不服だよ。全く。こんな結末って、ないよ。
「私が二人でデートなんてするわけないじゃない。浮気みたいなものでしょ。偶然居合わせたってことで許嫁の娘と三人で回ったのよ。」
「な、なんだってぇ~。」
「無駄な気を使わせて悪かったわね。」
「い、いや、いいよ。」
う、うむ。今までの気遣いすべてが無駄だったなんて。これ愛理さんは知ってるんだよな?う、うわぁ~。最悪や。俺だけが空回っていたって言うことじゃないか。それなら、そうと先に言ってくれよぉ~。




