026
あー、マジで恥ずかしい。こんなことなら、記憶がなくなっている方がよかったよ。今から記憶がない振りは間に合わないからなぁ。しくったぜ。とりあえず、口止めはしておかないと。
「さっきはごめん。」
「いいよぉ。私も取り乱してたからぁ。」
「ああ、そうだね。姫路さんが抱き着いてきたのには驚いたよ。」
本当にびっくりしたよ。まさかあんな行動に出るとはね。それにその時可愛いとか言ってきたし。訳分からん。男に向かって可愛いはないだろう。それにどこが可愛かったって言うんだ?たいへん不服である。
「小牧君が幼児退行したのには敵わないけどねぇ。」
「ごめんなさい。生意気言わないんで、忘れてくれませんか?」
おおう。墓穴を掘ってしまったな。口が滑った。でもさ、それを言うのはなしじゃないか。だって、絶対に勝てないんだもん。勘弁してほしいよ。こっちからその話題を出したのは悪かったけど。
「い・や・だ。」
「なんだか、姫路さん変わった?」
「別に変ってないと思うけどぉ?」
そんなことないでしょ。絶対変わったって。こちらの嫌がる言葉を的確に選定しているみたいな、そんな感じ。小悪魔でも、ましてや天使でもなく、悪魔そのものだったか。見誤ったぜ。
「そうかなぁ?遠慮がなくなっているというか。」
「それは悪いことじゃないよぉ。ほらっ、もっと仲良くなったってことだよぉ。」
「確かにそうだね。……それで、どうしたら忘れてくれる?」
「じゃあ、もう一回お化け屋敷行こぉ。」
「勘弁してください。」
あ、悪魔だ。ただの悪魔じゃなくて、大悪魔だ。いつから姫路さんは闇落ちしたって言うんだ?学園の天使じゃなかったのか?もしかして、俺のせいなのか?せいぜい俺がやったのは、土下座くらいじゃないか。うん。俺のせいじゃないな。
「えぇ?だめぇ?」
「黒歴史が増えるだけなので嫌です。」
「もっと見たかったんだけどなぁ。」
黒歴史をもっと見たかったって、弱みをそんなに握りたいの?なんだかなぁ、この感じどっかで感じたことがある様な。このめちゃくちゃな言葉と理不尽な状況。子供のころからずっと感じてるような?どこだろ?
「悪魔ですか?」
「違うよぉ。失礼だなぁ。」
「皆には内緒だよね?」
「うん。もちろ……いや、どうしようかなぁ?」
あっ、思い出した。杏里だ。杏里のやつのせいだ。すべてあやつのせいであったか、我が幼馴染よ。ここでも邪魔してくるというのか。小悪魔の姫路さんまでならまだいいが、悪魔がこれ以上増えるのは、真面目に勘弁してほしい。
杏里でも手がいっぱいいっぱいなのに、もう一人増えるなんて相手にしきれないのは確実だ。一人であったなら、まだ体が持つんだがなぁ。姫路さんよ。元の天使に戻ってくれ。
「えぇ、ちょっ、急に意見変えないでよ。」
「ううん?」
「あっ、いえ。どうしたら黙ってもらえます?」
どうやら、意見さえも許してはくれないみたいだ。ほんまに杏里みたいや。そんなん勘弁してよ~。さっきからいいことなしだ。姫路さんには醜態晒すし、その姫路さんも悪魔化するし。
「私の名前はぁ?」
「姫路さん。」
「それは苗字だよぉ。」
「まさか。そういうこと?」
「ほらぁ。早くぅ。」
これはあかん。名前呼びなんてした暁には、もっとひどい目に合うに決まってるのに。それなのに有無を言わさぬような雰囲気だ。おまけにさっきも、こちらからの要求を拒否してきたからなぁ。
「……愛理さん。」
「なぁに?悠馬君。」
「ずっとですか?」
「もちろん、ずっと。」
もちろんらしい。うん。……もう勘弁してとは言うまい。言っても無駄だって分かったよ。諦めたくはなかったけど、言っても仕方ないからなぁ。それに名前呼びなんて、特別みたいでちょっと嬉しいし。
「……ちなみに拒否権は?」
「ないよぉ。」
「……はい。」
「素直でよろしい。」
「流石にバラされたくないから。」
うん。そうとも。それ以外の理由はないよ。ホントダヨ。名前呼びなんて、トモダチっぽくていいななんて、思ってないんだからっ。
「大丈夫だよぉ。独り占めしたいからぁ。絶対に言わないよぉ。」
「うっ、もう頭が上がらないじゃないか。」
「あっ、そういうつもりじゃないんだけどぉ。でも、いっかぁ。」
「ええ?どういうつもりだったの?」
あっ、もしかして姫路さんも友達が増えて嬉しいんかなぁ?あっ、俺は別に嬉しくないけどねっ。そんなの酷い目に合うし。嫌だけどね。脅されてるから仕方ないんだよ。うんうん。
「秘密。」
「そうっすか。」
「そうっす。」
「そろそろ、合流しようか。」
「う~ん。そうしようかぁ。杏里のことも心配だしねぇ。」
「うん。どうなっているやら。」
可能な限り、成功しているように願うよ。そうじゃないと猛獣がやってくる。嫌、言い過ぎか。猛獣に悪い。あいつは猛獣なんかじゃあ、言い表せないほどのやつだからなぁ。猛獣さん。ごめんなさい。
「きっと、大丈夫だよぉ。」
「そうであってほしいけどね。しわ寄せがこっちに来るから。」
「ふふっ。でも、ちゃんと話聞いてあげるんでしょぉ?」
「それは、まぁ。もちろん。」
だって、聞かないとひどい目にあうんだもん。それも家族ぐるみで。そうなると大惨事だから、絶対に逆らえないんだよ。こういうのを詰んでるって言うんだろうねぇ。ってか、これ最近にもそんな風に思った気がする。
「偉いねぇ。」
「うっ、ありがと。」
「どうしたのぉ?」
「……さっきのことを思い出して。」
なんて言うのかな?お姉さんっぽい感じのことを言われると、なんだかさっきの幼児退行していた時のことを思い出して、微妙な感情になるからやめてほしい。これが最大の弱みで、一生の弱みになりそうで怖いよ。
「そうなのぉ?他にも思い出しそうな言葉、あるのかなぁ?」
「……どうだろう。思い当たらないけど。」
「そう?う~ん私もないかなぁ。」
「まぁ、いいじゃないか。とりあえず、連絡とらないと。」
この話を続けても俺にいいことはないからなぁ。さっきのことが思い出される言葉はこれ以上ばれるわけにもいかない。それに覚えていないのもあながち間違いではないからな。
「うん。」




