011
放課後になった。どこに出かけようか。うーん。そうだなぁ、本屋にでも行こうか。まだ、新刊とかチェックしてなかったし。ちょうどいいから行くかぁ。
「あれ?小牧君。偶然だねぇ。」
本屋の中、漫画コーナーへと向かう途中で突然、声をかけられた。しかも、最近聞きなれてきた姫路さんの声だ。まさか、こんなところでエンカウントするとは。本屋で野生のラスボスに出会うなんて、なんて運の悪い。
「これはこれは姫路さんじゃないか。ほんとに偶然だね。まさか、下校後に出会うとは思わなかったよ。」
「何?その芝居がかった口調。変なのぉ。」
「変って。まぁ、変だけど。」
うむ。さっきのは動揺したとはいえ、我ながら変だった。まさか、学校の外で姫路さんに会うなんてことは想定していないんだ。変に動揺するのも仕方ないんだ。他の人でもそうなるに決まっているんだ。
「自分で認めるんだぁ。」
「ま、ね。それより、姫路さんはどうしてここに?」
「本屋に来る理由は一つだよぉ。」
「それはそうだ。」
「そうでしょぉ。」
うん。そうだね。それはそうに決まっている。わはは。変なこと聞いちゃったなぁ。動揺が取り切れていなかったか。
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「姫路さん。どうして後ろをついて来るのです?」
話を終了して、漫画コーナーへと向かう道を歩いているところ、姫路さんが後ろからついてきていることに気が付いた。まぁ、最初から気づいてはいたのだが、気のせいだって思っていたんだ。
でも、この距離を付いてくるのは流石におかしいだろう。行き先が同じであればおかしくはないのだが。そんな感じでもないだろうし。イメージと違うというか。
「小牧君がどういう本買うのかなぁ、って。」
「なるほど。やめてもらいます?」
「あー、もしかしてぇ、18禁の本でも買うつもりなんでしょぉ。高校生なのにわっるーい。」
「ソンナコトナイケド。」
ほんとだよ。まだ、年齢そこまで行っていないし。行かないよ。それに、今の時代スマホで見れてしまうんだよなぁ。もちろん、見てないよ。ホントダヨ。姫路さんに嘘を吐くわけないじゃあないか。
「なぜ、片言?本当にそうなのぉ?」
「いやー、違いますよー。ほんとです。」
「怪しいなぁ。これは監視しなくちゃぁ。」
「マジで勘弁してください。」
「ふふっ。冗談だよぉ。でも、くれぐれも過ちはしない様にねぇ。」
冗談だったらしい。別に見られても困りはしないけど、同級生の、しかも隣の席の、美少女に何を買っているか見られるのは恥ずかしいよ。流石に。
「分かったよ。」
「それと、何時頃帰るのぉ?」
「たぶん、三十分後くらいかな。」
「じゃあ、そのくらいになったら、店の前で集合ねぇ。先に帰ったら承知しないからねぇ。」
「どうして?」
「いいからぁ。」
いいけどぉ。しかし、何の用だろう?一緒に帰ろうとか?姫路さんなら言いそうなんだよなぁ。というか、それだろうなぁ。まぁ、いいか。駅くらいまでなら歩いてすぐだし。誰にも会わないでしょ。
「まぁ、いいけど。」
「また後でねぇ。」
「待てって言ってもなぁ。」
辺りを見渡す。ふと、視界の端で二人の人間を捉えた。その二人は女子高生と大柄の男であり、どんな組み合わせかなど傍目からでは分からなかった。まぁ、俺には関係ないだろうが。
「俺と一緒に遊ぼうぜ。」
「待ってる人がいるので。」
「そう言わずにさあ。」
「やめてください。」
その女子高生は大柄の男にナンパされていた。男の声も大きく、荒々しい。女子高生ならば恐れて、泣き叫んでもおかしくはないだろう。そこにいるのが俺だったら。怖くて震えていただろう。
しかし、女子高生よ。すごい胆力だな。震えることもなく、凛と通る声でナンパを断っている。その声はひどく凍えており、心底から断っていることが容易に分かった。
「ナンパとかほんとにあるんだ。それにしても、冷たい声だなぁ。」
「ちっ、こっちが下出に出ているからって、嘗めやがって。」
「こっわぁ。……って、あの女の子、姫路さんじゃん。」
やばい。どうしよう。助けなきゃ。でも、俺にできることなんてないし。どうしたらいいんだろう。周りも何か行動しているわけでもなく、遠巻きに見ているだけだし。どうしたらいいんだ。
「なんですか?そうやって暴力を振るえばいいとでも思っているのですか?」
「あぁ?」
「暴力を振るっても何も変わりませんよ。」
「はっ、何言ってんだ?最終的に力が勝つんだよ。」
暴力、ダメ絶対。暴力が姫路さんを襲うなんてことは絶対にさせてはならない。しかし、俺が出て行ってもあの男を止めることなんて、出来やしないし。どうしようもない現状を変える力なんて、俺にはない。
「そんなことはありません。力を正しく扱える方が勝つのですよ。」
「試してみるかぁ?」
「ふふっ。試してみます?あなたも意味が分かりますよ、きっと。」
「あー、もういいや。人も多いしな。こっちの負けで。」
「賢明な判断です。」
「ふんっ。じゃあな。」
大柄の男は結局、何かをするまでもなく、ただ去っていった。残ったのは二人の様子を観戦していた周りのざわめきと、その中心で静かに立ったままの姫路さんであった。不謹慎であるが、映画のようであった。そのくらい姫路さんは存在が突出していた。
「小牧君。行きましょうかぁ。」
「うえぇ?」
「どうしましたかぁ?」
「い、いや、何でも。」
情けない。本当に情けない。助けに行くこともせず、状況をただ見ているだけ。最終的に一人で姫路さんが何とかしてしまった。俺は本当にただの一般人で、ぼっちなんだな。それ以上でも、それ以下でもない。
ヒーローなんかにはなれないし、主役なんてものは以ての外だ。影に紛れて暮らす方が似合っている。それにほら、自分を責めているようで、状況を変える努力もしない。ただ、現実が分かっている振りがしたいだけで、現実なんて見れていない。なんとも情けない。
ま、それが俺なんだ。どうしようもないさ。姫路さんみたいにすごい人間にはなれないけど、普通の人と同じ程度の幸福を得れれば、それでいいんだ。それが例え現状からの逃げと言われようとも、な。俺はそういう人間なんだから。
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