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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第八章 歴史に埋もれる力
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責任

それから、無事に出発は出来たものの、緋彩の体力がいつも以上に続かなくて度々休憩を取ることとなった。いつもは緋彩が休憩を訴える度にノアに鬼の形相で睨まれていたのに、今日はそれがない。気兼ねなく休めることはいいのだが、それはそれで何だか物足りないと言うか、逆に居心地が悪いと言うか。


「…何だかノアさんが変」

「あぁ?」

「ひっ」


二回目の休憩でポツリと呟いた緋彩の声も、ノアは聞き逃すことはない。ギロリと光る目から逃れるように、緋彩はノアの方から少しだけ身体の向きを逸らす。


「何が変だって?」

「だだだだって、何か、あまり怒らない…いや、怒るけど、怒る回数が少ないって言うか…、たまに仏心があると言うか…」

「仏心って何だ」


こちらに仏教はない。


「と、とにかく、たまに優しい時があるってことですよ!」

「今までだって充分優しかっただろうが」

「はぁぁ!?あれの!どこが!ノアさん優しいって言葉知らないんですか!?」

「言うようになったな、痴女が」

「今痴女関係ないでしょ!」


ローウェンがまた始まったか、と悟ったような表情をしてその場を離れて行った。近くの川まで水を汲んでくると一応言っておいたが、二人には聞こえてなかっただろう。


「大体ですね、ノアさんは二言目には痴女痴女って、それしか言うことないんですか!私はそんなにいつも裸でいるわけじゃないですよ!」

「存在が痴女だっつってんだボケが」

「生憎、そんな色気身に付けてないのでそれはないですー残念でしたー!」

「……………」


べー、と舌を出す緋彩は、自分で言って虚しくはならないのだろうか。ノアが返す言葉を失うくらい呆れている。

黙るノアに、緋彩は言い勝ったと思ったのか、少し満足気な笑みで、にんまりとして茶の入ったコップに口を付ける。その横顔がほんの一瞬だけ翳った。体力が戻りきっていないので、大きな声で言い合いをするだけで息が上がるのだ。

ふう、と少し深めの息をつく緋彩に、ノアの無感動な視線が注がれる。




「ヒイロ」




決して言い合いの続きをしようとしているわけではない、静かに呼ぶ声に、緋彩は顔をあげる。まだ少し拗ねているような、そんな甘い声には騙されないと強い意思を持った顔。

しかし、喧嘩の続きではないと分かったのは、ノアの表情が僅かに曇っていたからだ。


「…ノア、さん?」

「……、新月の夜はまたそのうち来る。怪我をすればするほど、苦しみは酷くなる。お前みたいな小さな身体には負担が大きすぎるんだ」

「ノアさん?どうしたんですか」


やはりノアは変だ、と緋彩は少し心配になった。新月の夜の所為でノアにも影響があったのではないだろうかと。そうでなければ説明がつかない。ノアがこんなに真剣に、緋彩に訴えかけてくるなんて。


「いいから聞け。よく分かったと思うが、不死は万能ではない。勿論不老も。それによって難を逃れることはあっても、()()は必ず返ってくる。無闇に死ぬな。不死でではない自分の時のように自分の命を全力で守れ。いいな?」

「…そ、れは…、勿論分かってますけど…。ノアさん本当にどうしたんですか?何かありました?」

「正直、今まで俺が感じていた新月の夜の負荷は、お前が感じたほどではない。身体の造りが違うし、そもそも俺はそんなに死ななかったからな」

「ですよね」


あんなに何度も死ぬ状況に陥るのも、緋彩くらいのものだろう。それは負荷も大きいはずだ。

わざとではないとは言え、避けられたものだっただろうか。トラブルに巻き込まれるのは得意だが、回避することはできただろうか。否、恐らくそれは緋彩には無理だ。避けたところで余計ややこしいことになるのが関の山だ。


ただ、命の重さは知っている。


「俺はこれでも、お前に不死を渡してしまったことを後悔している。自分だけが感じていた負荷を傍目から見て、余計その責任を重く受け止めた」

「でもノアさんが私に不死を渡してくれたから、私は今生きています。でなければ私は、この世界に来た時にとっくに死んでるんですから」

「理由がどうあれ、この呪いはラインフェルト家だけで片付けなければならなかったんだ。他人に渡していいものじゃなかった。…反省は、している」

「ノアさんが反省!?」


目を剥いて驚く緋彩に、ノアの鋭い視線突き刺さる。すぐに謝ると、ノアは話を続けた。


「いくらお前がトラブル引き寄せ体質だとは言っても、巻き込んだのはこっちだ。それなりに責任感は感じるだろ」

「いやぁ、ノアさんからは罪悪感とかそういうの滅却されてると思ってたものですかイテテテテテ!伸びる!そんなに引っ張ったら頬が伸びますノアさん!」

「死ぬよりはマシだろう」

「そういうことではなく!」


いくら自分の過ちで相手に苦痛を強いることとなっても、一見、唯我独尊のノアには無関係を貫くかと思われる。しかし、彼をよく知れば知るほどそのイメージは払拭されるのだ。

横暴で、暴君で、理不尽な彼は、それほど人の心があるし、責任感もある。

知っている。

緋彩は、よく知っている。







「だから…、昨日は優しかったんですか?」






抓られた頬を擦りながら、地面に落とした視線をほんの少しだけノアに向けながら、緋彩は遠慮がちに尋ねた。

いや、呟いたと言ってもいいくらい疑問を抑えて、彼が答えるか否か、選択肢を与えるかのように。

一瞬僅かに見開いたノアの瞳は、それを質問と捉えたようだ。




「……別に。そういうわけじゃない」




顔を逸らすように斜め上に向けた視線は、何を見ていたか分からない。感情を見せないことに慣れてしまった彼は、答えに戸惑った様子も、照れた様子も見て取れなかった。

一心同体とは言っても、緋彩とは感情の共有までは出来なかった。








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