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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第八章 歴史に埋もれる力
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幻影と言うにははっきりと

彼は何度、こんな苦しみを味わってきたのか。

我慢しようとしても漏れてしまう呻きを、何度隠してきたのか。


いや、隠す相手もいなかったのかもしれない。


ずっと、一人で耐え忍んできたのかもしれない。


だから、緋彩を一人になどせず、こうして夜が明けるのを一緒に待っているのだろうか。


感謝


すべきなのだと思う。


煩わしい存在であるはずの緋彩を、不本意な責任感でもこうして見守っていてくれるのだから。







「…っは、あ…っ、ノアさ…、」

「何だ」

「っ、喉、渇き、ました…」

「待ってろ」


熱くて、熱くて、熱くて、一生分くらいの汗をかく。きっと緋彩は今汗臭い。

いつもなら煙たがるはずのノアは、先程からずっと側にいてくれる。側にいて、殆ど自分からは何も喋らないけれど、緋彩が声を掛ければ応えてくれる。


看病、というには少しぎこちないけれど。









「ヒイロ、起きれるか」

「ん、ぅ…」


ノアは天幕を出て、カップを片手にすぐに戻ってきた。緋彩の身体を起こそうと背中に手を添えるが、力の入らない身体は自分で制御することは出来ない。


「…ごめんなさ…、無理…」

「…………」


少しでも動かせば心臓が悲鳴を上げ、少しでも力を入れれば血を吐きそうなほど内臓が圧迫され、手足は千切れそうに痛む。

不死をいいことに身体を痛めつけた代償がこれである。

勿論わざとではないけれど、今度からもっと自分を大事にしようと緋彩は固く心に誓った。

でなければ喉が干からびてしまおうと、水を飲むこともままならない。

せっかくノアが水を持ってきてくれたのに、それを目の前にしてただの水を指を咥えて見ていることしか敵わない。指を咥える力も残ってないけれど。




「しょうがねぇな」

「?」




唐突に呟いたノアは、緋彩の腰辺りに膝を入れ、上手く身体を支えながら、持ってきた水を自分の口に含んだ。

潤った唇がエロいとか、緋彩の顎をくいっと上げる指が手慣れているとか、近付いてくる紫紺の瞳がとてつもなく綺麗だとか、色んな思考が邪魔をして、緋彩は何をされたか全くわかっていなかった。


形のいい唇が、微かな水音を立てて重ねられる。





「───ん…、」





気が付いたら冷たい唇が、自分の口を塞いでいて、



無意識に鼻から漏れるような声が出る。





そこから喉が潤っていくのを感じていた。





「…、は、ぁ…、ノアさ…?」

「黙ってろ」

「んん、」





もう一度、





「ふ、ぅ」





もう一度、






「ノアさ」






溢れそうなほど、






もう、


息が出来ない。



それくらいに感じるほどには長く。











「─────…っ、も…、大丈夫です、ってばー!」











トン、と反射的にノアの胸を押せば、どうあっても放り出されるのは小さな緋彩の身体の方だ。

ノアの腕から逃げるように地面に落ちる。


「痛っ!」

「あほか。当たり前だろ」

「…っ!…っ!」


緋彩は水浸しの口元を拭いながら、平然としているノアを睨みつけた。






今、






キス、






した、










「…なん…、!?…っ!?」

「何だよ」


自分で飲めそうじゃねぇか、とむしろノアの方が不本意だとでも言いたげだった。

不本意なのは緋彩も同じで、胸の痛みも身体の軋みも一瞬忘れてしまうくらいに驚愕した。


「ノノノノノノアさん?!?!!?!なななな何を…!?」

「何って、水飲ませたんだろ。お前が飲めないって言うから」

「いやっ、そ、そうだけど!そういうことではなく!て!」

「寝てろよ。悪化するぞ」

「寝ますよ!ノアさんの所為で悪化しそうですけど!」

「?」


何故この男はこんなにも当たり前のように平然としている?訳が分からなくて、緋彩は驚きを通り越して腹が立ってきた。


緋彩にとっては大事な唇で、


大事な接触で、



大事な、





「ファーストキス……」





夜具に包まって呟いた声はノアには聞こえていなかったようで、何か言ったかと訊いてきた彼に、緋彩は猫の威嚇のように毛を逆立てて牙を剥いた。

ドクドクと音を立てる心臓はこんな時に致命傷となるだろうに、一向に静まることを知らない。

これが不死の負荷による痛みか、それともノアの唇が及ぼした痛みかは、判断がつかなかった。

どちらにしても、もう今夜は体力がない。下がらない熱と全身を覆う倦怠感と痛みで疲れてしまった。

夜具に包まったお陰で乱れた髪を、いつの間にか梳かすように触っていたノアの手が、すごく心地良く感じたのもその所為だ。


いつもなら放って置くくせに、


痛みを分かち合おうとする彼が一番悪い。






「…ノアさん…、─────、」


「!」






朧気な意識で紡いだ言葉は、緋彩は全く覚えてなどいなかった。





ノアだけが知る、






緋彩の、








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