うぃんどうしょっぴんぐ
あ、死んだ。
またこんな気持ちになるとは思ってなかった。そして、これからも幾度となく同じ気持ちになるのだろう。
貴重な体験、といえば聞こえはいい。だが、突然女の胸を、というか人間の胸を何の躊躇いもなくサックリ刺すってどういうことなんだ。
「いっ…………ったぁぁぁぁ!!!」
「お、生きてる生きてる。良かったな、ちゃんと不死だ」
「なななな何すんですかーーー!!!痛いでしょうがーー!!」
「信じられないというから、実感を湧かせてやったんだろうが。厚意だ」
「厚意とは!」
ノアが剣を緋彩の胸から引き抜くと、そこからドバリと血が溢れ出す。せっかく綺麗に洗ってダリウスの服まで借りたのに台無しだ。
というか、やっぱり死なないんだ。
心臓を突かれたからといって即死するわけではないと思う。けれど、痛いとは思うけれど、死が迫っている感覚はないのだ。死んだとは思ったことと身体の感覚は矛盾していて、痛みに堪えれば普通に動けるしついでにお腹も空いた。この後も身体は生きようとしている。
「これで分かったろ。…お前は不死の呪いを宿した」
見下げてくるノアの瞳が温度もなく、冷酷だ。
絶望を突き付けるそれに、緋彩は抗いたいと思った。この胸の傷をつけたことを、いつか後悔させてやろうと。
「かっこつけてますけど、あんたの所為ですからね」
「………………」
忘れるなよ。
***
人々の活気とどこからか流れる音楽、互いの肩がぶつかるくらいに賑わった城下町は、これが普段の姿だという。まるでお祭りでもやっているのではないかと思うほどの賑わいに、緋彩はただただ圧倒されていた。
「ほわぁ…すごいですね!楽しそう!」
「好きなもの選んで、ヒイロちゃん。ノアがまた服破いちゃったし」
「自分でしたことは自分で責任取らせましょうダリウスさん。ノアさんに買ってもらいます」
「成程。だそうですよ、ノア」
「ああっ!?」
並ぶ緋彩とダリウスの後ろでノアが面倒そうについてきている。緋彩の買い出しに城下町まで出てくるのにノアは最後まで拒否していたが、領収書送りつけるよ、というダリウスの爽やかな微笑みによって、渋々ついてきていた。どうやら人混みが苦手らしく、なんだかソワソワとしていて頻りに胸の辺りを撫で回していた。
「ノアさん、酔いました?ちょっと休みます?」
「あ?…違ぇよ。いいからさっさと買い物済ませろ」
「…?はい…」
ノアの機嫌が悪いのは初期装備なので大して気にならなかったが、逆に大人しくついてきていることの方が違和感だ。酔ったわけではないとは言ったが、やはり人混みが嫌いであることは変わりないようなので、緋彩はさっさと服屋を見つけて入っていった。
「あ、ヒイロちゃん、こっちも可愛いよ!」
「本当だー!可愛いー!ダリウスさんセンスいいですねー!」
「あっそうー??ヒイロちゃんが可愛いから何でも着せたくなっちゃってー!」
「またまたぁ!」
死なない少女と一国の王子と目つきの悪い超絶イケメン男。ダリウスが王子というだけでも店の店員の目も客の目も集めているというのに、この奇妙な組み合わせはまた一段と人目をひく。
そして緋彩とダリウスの会話が完全に女子同士のそれで、キャピキャピしている中に入り込めないノアもまた見物だった。
「ダリウスさん、これとこれ、どっちかにしようと思うんですけど、どっちがいいですかねー?」
「うーん、迷うなあ!どっちも似合うもんなー!」
白が基調で金の装飾が施されているブラウスと膝上のスカートのセットアップと、落ち着いた茶色の生地でできた花のモチーフが添えられているワンピース、緋彩は二つを自分の前に並べて見比べる。どちらもファンタジー物語に出てきそうな独特な可愛らしさで捨て難い。交互に身体に当ててみたり、生地感を触って確かめていたりしていると、ふとダリウスの視線がノアに移る。
「ノアはどっちがいいと思う?」
「あん?」
早く終わらねぇかなという表情で違う服を見ていたノアは、呼ばれて初めて緋彩が手にしている服を見たようだ。
不機嫌な目つきのまま二つを見つめる顔は、まじでどっちでもいいから早くしろ、と言っていた。
「ダリウスさん、ノアさんの答えなんて決まってるじゃないですかー」
「え?そうなの?」
「"どーでもいい"」
「あー…」
緋彩はノアの目つきを真似して眉間に皺を寄せ、顎を少し上げて蔑んだ雰囲気を醸し出す。我ながらよく再現できていると思った。
ノアは真似されたことにピクリと片眉を吊り上げ、さらに気持ちを言い当てられたことがお気に召さなかったのか、でかい手で緋彩の顎をガシリと掴んできた。
「よく分かってるじゃねぇか…」
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!そこ口内炎!」
「どうでもいいから早くしろっつってんだろ。俺帰るぞ」
「帰ってもいいけど領収書来ますよ?」
店を出ようとしたノアの足が止まった。
忘れてはならない。主導権はこちらにある。ざまみろ、ダリウスが緋彩の味方にいる限り、ノアに自由はないのである。
「どうせ付き合わないといけないんだからさ、ノア。お前の意見も参考にさせてよ」
「…………」
ダリウスが緋彩の持っていた服を背を向けていたノアに向かって広げる。振り返ったノアは、幼い子どもの遊びに一日中付き合ったかのようなぐったりした表情だったが、そのうち二つの服を気怠い目で見つめると、不意に近くにあった服を手に取る。
細身のシャツに、臙脂色より少し濃い色のポンチョのような上着が重ねられている、既にコーディネートされた組み合わせだ。それを持ってカツカツと緋彩に近寄ると、ぐいっと押し付けるように差し出した。
「これ」
「…っ?」
ぶっきらぼうに呟いて渡された服を、緋彩は受け取らざるを得ない。
「…『これ』…?が…?」
「それ買って早く店出るぞ。ここは居心地が悪い」
「…は、はい…?」
至って普通の服屋だし、恐らく居心地が悪いのは男二人が目立ち過ぎて特に女性からの視線が多いからで、決してお店が悪いわけではない。だから店員さん、こちらを睨まないでください。
「ちょっとノア、もう少し真面目に選んで…」
「だから選んだろ。ソレガイチバンニアウ」
「片言!」
一番近くにあったものを取ったに過ぎない服が、とても緋彩を思って選ばれたとは思えない。最初から期待などしていなかったが、本当にノアは緋彩を面倒に思っているのだということだけは分かった。
まあ仕方ないだろう。あの顔では女には困らないどころか鬱陶しく思えるくらい周りに溢れているのだろうし、そもそも人間関係が得意そうでもない。こんな相手とこれから行動を共にしなければならないのかと思うと、緋彩の方とて嫌気が差すけれど、免れないことなのならどうにかやっていくしかない。せめて、意思の疎通だけでも。
「あ、あの…」
「あ?」
そんなに、ガン飛ばしてこなくたっていいのに。
周りはそれほど敵ばかりじゃない。
「何で…、この服なんですか?」
「は?」
「この服を選んだ理由!」
多分適当に選ばれた服を手に握り締めて。
そこに理由を抱きしめるように。
「適当…なんでしょうけ…」
「お前、肌白いから」
「え…?」
白銀の髪から覗く紫根の瞳は、見え隠れしているのに心臓を突き刺すようで、嘘でも冗談でも照れ隠しもなく。
「お前肌白いから、濃い色の方が映える」
彼にとっては奇を衒ったわけでも何でもない、ただの返事だった。
寧ろ緋彩の方が捻くれていたようで。
先に出てるぞ、とノアは余韻すら残さなかった。