懸念
あの男達を暫く探し回ったけれど、街中では見つける事が出来なかった。街の外に出て探したりもしたけれど、それらしい人物は見つからないし、気が付いたら中心街から離れすぎて、人影もなくなっていた。ウェログからは既に出てしまっていたようで、そうなると辺りはもう荒野しか広がっていない。おまけに、そうこうしているうちに日は暮れてしまっていた。
視力の可能な限り周りを見渡すけれど、近くに建物も人影もなく、今夜はまた野宿になることであろう。
状況からするに誰もがそう思っていたことだが、ノアは何故か先を急いでいた。まるでどこか宿を探すように。
「───…ア、──ノア!」
「!」
集中していたのか、ローウェンが呼んだ声に何度目かでやっと気が付いたノアは、足を止めて振り返る。
「あ?」
「あ?じゃなくて。歩くの速いよ。ヒイロちゃんがほら、あんなに遠くに」
ローウェンのまだ後ろ、目視でやっと彼女だと確認が出来るほど遠くに緋彩はいた。待ってくださいー、と疲れきった細い声が聞こえる。
緋彩が男性二人の足に追い付かないのはこれまでと同じことだが、今日は特に離れてしまっている。ノアが歩くスピードが若干速かったこともある。
「…またあいつ…」
「ノアが速いんだって。僕もやっと付いていってるくらいだったのに、ヒイロちゃんにはきついよ」
「………」
ノアは煩わしそうに、ローウェンは滲んだ汗を拭いながら緋彩が追い付いてくるのを待つ。
杖でも突いていそうな体勢でやっと二人の元まで来た緋彩は、走って来たわけでもあるまいに、ゼェゼェと息を切らしていた。体力がないにも程がある。
「す…すみませ…、お待たせいたしました…」
「大丈夫?ヒイロちゃん。ちょっと休憩しようか」
「よ、よろしいので…?」
ローウェンの提案に、願ってもない幸運とばかりに緋彩は目を輝かせて顔を上げた。だがそれを決める主導権はノアにある。スーパーでお菓子を強請る子どものように、緋彩はノアを縋る目で見つめた。
「…………………駄目だ」
「何で!」
たっぷり間を開けて出した答えはしっかりとした拒否。分かってはいた。分かってはいたけれど、ノアにしては珍しく即答ではなかったので、いつもより少しは希望があるかと思ったのだ。期待した緋彩が馬鹿だった。
「今日は野宿は避けたい。宿を見つける為に休憩してる場合じゃねぇ」
「宿、って…いや、無理ですよ!どこ見ても何もないじゃないですか!」
「どこか宛でもあるわけ?ノア」
いつもは野宿なんて日常茶飯事だと、宿に泊まることとそう変わらないテンションで野宿決定を判断するノアが、まさか野宿を嫌がる日がくるとは緋彩もローウェンを思わなかった。何度か経験を重ね、やっと緋彩が外で夜を明かすことに耐性が出来てきたというのに、今度は一番そういうことに頓着しなさそうなノアに拒否反応が出るとは。
もしくはこの辺に宿があるという確信があるのかとも思ったが、ローウェンの質問にはノアはいや、と首を横に振る。
「近くの町に着くまで歩かなければならない」
「いやいや、その近くの町が近くかどうか分からないわけでしょ?無謀だよ」
「そうですよノアさん。私ならもう野宿でも大分慣れましたし、心配ないですよ?」
妙な形の虫も、遠吠えする変な鳴き声の動物も、突然の野獣の襲撃も、もうちょっとやそっとでは驚かない。そこら辺の女子高生に比べると一際たくましくなったと思うのだ。女子扱いしなくても大丈夫だと訴えたら、お前の性別も意見も関係ないという目線が返ってきた。さいですか。
「まあまあ、何にせよ完全に日が落ちるまでに宿が見つかるとは思えないし、今日は野宿にして、また明日どうにか宿を探すとしようよ」
きっとノアも疲れて野宿が嫌な日があるよね、と宥めたローウェンに、ノアは何も答えなかったが、納得したわけでもないようで、独り言のように呟いた。
「…今日じゃなきゃ意味ねぇんだよ」