見失う目的
男の言葉に、ノアは一瞬表情をピリつかせた。周りの空気が何度も温度を下げるほどには、恐ろしかったと思われる。
「頭の悪そうな女…?」
「そ、そう!さっきの!あの女みたいな!」
「あ?」
「ひっ!?」
吹雪く空気に男達は足元から凍っていく。先程から何かの逆鱗を撫で回しているようであると、もう容易に口を開けない。
だがノアの口から漏れた言葉は、男達には到底予想のつかないものだった。
「確かにな」
「へ!?」
「は!?」
雰囲気から言って、恐らく緋彩を馬鹿にするようなことを言ってしまったことがいけなかったのだろうと、男達じゃなくとも思っただろう。だが、ノアは緋彩を庇うどころか、男達に同意してしまった。
「頭の悪そうな女。確かにあいつを的確に表現した特徴だ」
「なっ…、なっ…!?」
「俺の髪の色とお前らが言われた特徴が一致していることは否定しないが、あいつの瞳は色素は薄いが茶色だし、頭は悪そうだが悪いのは頭だけではない。胸は物足りないし、全体的に凹凸感がなく、色気がイマイチだな」
「は、はぁ」
残念だ、としみじみしながらノアは溜息をつく。
男達にとっては青天の霹靂だっただろう。怒りを買ったかと思えば、同意された上、半ば愚痴のように呟かれるのだから。
「だから」
ただ、
「それ、あいつのことじゃないから宜しく頼むな」
「───────…っ!!」
背筋の凍る今までのどの雰囲気よりも冷たい、その目を見るまでは、の話だ。
***
ノアは男達から奪った薬をポケットにねじ込み、踵を返した。
男達はノアが剣を抜こうとすると、その特徴的な大剣とノアの顔を思い出した片方の男が身を凍らせ、命ばかりはお助け下さいと叫んで逃げ帰って行った。
余計な手間が省けて良かったのだが、ノアの表情は特別すっきりなどしていなかった。
ポケットの中で薬を手の中に握り込み、理由の曖昧な葛藤が胸の内で駆け巡っていたのだ。
自分の目的は呪いを解くこと。
それ以上もそれ以下もあり得ない。
その過程で手に入れた情報は有効に使わせてもらう。それだけである。
それなのに、今ノアは自分が脱線しようとしているのが自分で分かっていた。
この薬を何処まで突き詰めようというのか。
確かに呪いを解く為に重要なきっかけにはなるものである。だが、これが世にどんな影響を及ぼすのか、これが蔓延った世の中がどんな風になるのか、知っていても興味はないはずだ。
そんなことを言ったら、多分緋彩は怒るだろうけれど。
自分の目的を達成するはずが、世直しの為に時間を浪費することになっては敵わない。
きっかけはきっかけ。首を突っ込むのは一線を越えてはならない。
ノアは緋彩のような、他人ばかりを気にする馬鹿とはちがう。