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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第七章 追い、追われ
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いつか終わる

突然家に押しかけた緋彩達三人を、ヴィムは怪訝そうな顔をしながらも中へ通してくれた。ヴィム自体は追い返そうとさしていたのだが、奥の部屋からか細い声で入ってもらうよう、声が聞こえたのだ。ヴィムの返事の様子からするに、恐らくヴィムの母親だろう。

家の中は古びていたが、きちんと整理整頓が成されていた。母親は寝たきりで父親の存在も窺えないので、ヴィムが家のことはやっているのだろう。ぶっきらぼうな性格からは想像がつかにない家庭的な一面である。

母親に言われて中に入れたものの、緋彩達をもてなす気は毛頭ないのか、ヴィムからは茶の準備はない。そんなつもりで来たわけでもないので別にそれでよかったのだが、また鶴の一声でヴィムは口を尖らせながら茶を準備した。




「…で?何の用だよ」


確かに世話になった相手だけれど、アポ無し訪問を快く受け付けるほど親密度はまだ深まってないはずだと、ヴィムは緋彩とローウェンを交互に見る。それから、目の前に座る異様に整った顔立ちの男、ノアもだ。何故か睨むようにヴィムを見下ろし、どこか警戒心を滲ませているが、不審がりたいのはこっちの方なんだが、とヴィムは張り合うような眼力でノアを見返した。両者の間にはバチバチと火花が散りそうで、いつか火になってしまう前に緋彩が間に入る。


「ま、まあまあ…、えーっとね、今日はヴィムに訊きたいことがありまして」


説明を請け負ったものの、どう話していいものかと緋彩は言葉を探し、ノアの顔色も同時に確認する。余計なことを言おうものなら召されてしまう。そんなに睨んで圧をかけるくらいなら、自分で言えばいいものを、恐らく彼は子どもが苦手だ。ヴィムは緋彩と変わらない年齢ながらも、見た目が子どもな為にどうも話す気にはなれないのだろう。

訊きたいこと?と首を傾げるヴィムにも、容赦ない鋭い視線を突き刺していたので、緋彩はわざとノアとヴィムの間に入ってノアの顔を掌で押さえた。


「あ、あーっ、えっとね!ヴィムは普段何してるのかなーって!」

「おいコラ、ヒイロてめっ!」

「ノアさんは黙っててください!どーせ脅すことしか能がないんですから!」

「ああっ!?」


キッと睨む緋彩に掴みかかろうとするノアを、ローウェンが後ろから押さえる。そのまま続きをどうぞとコクリと頷いた。


「普段って、そんなこと訊くためにヒイロ達はここまで来たのかよ?」

「んー、まあ。き、気になり始めると夜しか眠れなくて!」

「健康だな」


勿論、そんな世間話をするために訪れたのではない。だが、突然訪ねてきてあなたは不老不死ですかと訊くのは気が引けるし、怪しまれるに決まっている。

だからと言って咄嗟に緋彩から出てきた質問も充分不審なものではあったが、ヴィムは不思議そうな表情をしながらも渋々答えた。


「何してるかって言われても、別に変わったことはしてねぇよ。普通に働いて、日常生活送ってるだけだし」

「働いて…!?」


ギョッとした緋彩に、ヴィムはムッとした目で見返す。


「あのな!言っただろ、俺は十四歳!普通に働けるっつーの!」

「あ、ごめん…」


見た目が可愛らしい幼児なので、つい彼が緋彩とほぼ同年代でバイトをしてもおかしくない年齢であることを忘れてしまう。ヴィムにとってはコンプレックスであるだろうし、緋彩と同じような反応をされたのも今回だけではないだろう。その度にこうしていちいち否定しなければならないというのは途方もなく気が滅入ることだ。緋彩はもう一度ごめんねと謝ると、ヴィムは何処か照れた様子で気にしていない、と答えた。きっと嘘だろうけれど。


「…実際、こんな見た目だから仕事を見つけるのは大変だった。どこ行っても年齢のこと信じてくれねぇし、仮に信じてくれたとしてもこの体格じゃなかなか…」


どんなに世界が優しくなったとしても、現実は厳しい。悪気もなく、故意的でもなく、現実は人に困難を強いる。

ヴィムは決して安くはない母親の薬代を稼ぐ為に、三つの仕事を掛け持ちしていた。見た目のことを受け入れてくれ、その体格でも出来そうな仕事を与えてくれ、高くはないけれどちゃんと給料を出してくれる、やっと見つけた貴重な職場だ。なのに特別出勤率が良いわけでもない。母親の体調が悪い時は休んで付き添わなければならないし、三つも掛け持ちしていればスケジュールがなかなか合わなくて、どこかの仕事を断らなければならない時もある。だが申し訳なく思う暇もなく、日常は過ぎていくのだ。


「…ヴィムは、大丈夫なの?」

「…は?」


伏せた目、寄せた眉で唐突に零した緋彩の問いに、ヴィムは口端を歪ませた。

目線を上げた緋彩の表情は至って真剣だった。


「だから、そんなに根詰めて、ヴィムは大丈夫なの?」

「おっ…、俺は別に…」

「十四歳なのは信じるし、嘘じゃないって思うけど、でも、ごめん…、実際問題、身体は子どもで、平均的な十四歳とは違うんじゃないの?」

「………」


多分、それは地雷だろう。本人も分かっているからこそ、向き合いたくない、目を逸してきたことで、他人からも突っ込まれたくなどないことだ。


ヴィムの表情が曇る。

不快、いや軽蔑にも似たそれは、泣きそうなものにも見えなくもない。嫌で、嫌で、嫌で、でもどうしようもなくて、もどかしくて、笑い飛ばす余裕などなくて。


だが緋彩は、それを分かっていた。分かって訊いた。


ヴィムの目が、何処かで救済を求めているようだったから。





「……大丈夫、」





溜息をつくように、ヴィムは零す。






「───…じゃない。あんまり」






それは、母親に聞こえないように配慮した精一杯の声。







「……正直、この身体では体力が全然追いつかない。体力付けようと思っても、食う量も動く量も身体に則したものだし…」

「…そんな状態でずっとこの暮らしを続けてきたの…?」

「仕方ねぇだろ。父親はいねぇし、俺がやりゃなきゃ母さんは生きていけない。身体が成長できる栄養が摂れるほど金はねぇのに、金を稼げる身体もない。……悪循環なのは俺が一番分かってる…!」

「ヴィム…」


何日も、何日も、何日も、きっとヴィムは食事を摂っていない。よく見れば整理整頓されているように見えた家の中は、単に整理する程の物がないだけだ。生活感がない、というよりも、人間が暮らしている気配がない、寂寞感。

育ち盛りの男の子が、満足に育つことが出来なかった壮絶な日常すら、なかったことのようだ。





何度ここで生を諦めかけたかだけが窺える。





きゅっと締め付けられる胸を押さえ、緋彩は何か掛ける言葉を、と探す。自分で突っ込んだ話なのに、慰めも励ましの言葉も用意はしていなかった。



無責任さに反吐が出る。



ふと、すぐ横で動いた気配が刺激になってしまうほど。



それまで黙っていたからか、その声は不思議なほど力を帯びて。



透き通るように空気を飽和した。









「だが、生きてる」









もっと気の利いた言葉を探していたのに、それは緋彩には見つけられそうになかっただろう。



単純で、


シンプルで、


だけど厳しいノアの言葉。



「悪循環でもいいだろ。生きられるうちは」



苦しいけど、

辛いけど、


逃げてもいいから、投げ出してはいけない。


ちゃんと、持っておかなければならない。



「…お…、前に、何が分か…」

「人間いつか死ぬ。病気であれ、怪我であれ、終わりが訪れる。いずれ()()()も終わるなら、それでいいだろ」

「終わ…、る」



終わりが来るのなら、それは羨ましいことだ。


終わらせない為に足掻けることを、誇らしく思え。



そう聞こえたのは、多分緋彩だけだ。












「………ノアさ…」

「ところで」


そのうち彼は、ヴィムを眼力で射殺してしまわないだろうかと緋彩がノアの袖を掴んだ時だった。

それまでの余韻など微塵もなく、ノアは空気を切るように話をバッサリと切り替えた。






「来客のようだが?」


「……へ?」








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